株式会社河口湖カントリークラブ

(株)河口湖カントリークラブ(資本金5000万円、南都留郡富士河口湖町船津6236、代表鷲沼正勝氏)は、12月15日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請した。

申請代理人は高井章光弁護士(東京都千代田区有楽町1-5-1、電話03-3519-7800)。

当社は、1973年(昭和48年)4月にゴルフ場経営を目的に設立した。74年から縁故会員を中心に会員募集を開始し、79年7月にゴルフ場「河口湖カントリークラブ」(27ホール)を正式オープンした。県内では富士山麓の名門コースとして知られ、99年12月期には年収入高約8億5000万円を計上、雑誌アンケート等でも人気コースとして県内では相応の知名度を有していた。

しかし、長引く個人消費の低迷を受け、来場者数は減少傾向が続き、冬場(12月中旬~翌年3月中旬)はクローズされる影響もあり集客低下に歯止めがかからない状況が続いていたうえ、連続赤字決算により債務超過に陥っていた。さらに、預託金返還資金の負担から資金繰りはひっ迫、今回の措置となった。

負債は債権者約2200名に対し約102億円(うち預託金約91億円)。

株式会社応微研

(株)応微研(資本金7億2850万円、中央市乙黒326、代表堀内勲氏、従業員18名)は、10月26日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。

申請代理人は小林公明弁護士(東京都千代田区四番町7-16、電話03-5214-3585)。

当社は、(株)日本応用微生物研究所の渉外部門として1990年(平成2年)5月に設立した。その後、94年5月に同社を吸収し、主にアガリクス茸(商品名ABPC/アガリクス茸菌糸体加工食品)、メシマコブ関連製品の製造販売のほか、微生物農薬の独自開発を進めてきた。近年の健康食品ブームやアガリクス人気から急成長を遂げ、大手商社、投資会社などからの出資を受けていた。2000年3月には本社事務所を新築し、同年8月には試験センター、2001年7月には生産センターを新設。さらに2002年にはシンガポール、ニューヨークに現地法人(子会社)を設立して事業の拡大を図り、ピーク時の2003年7月期の年売上高は約24億2800万円を計上していた。

しかし以降は、主力業務であるアガリクス茸の販売は新規参入業者の増加や、安値販売による市況軟化、誇大広告の規制等によりかげりが見え始め、赤いプロポリスなど新商品投入を図ってきたものの売り上げ減少に歯止めがかからず、2005年5月には、薬事法違反の疑いで警視庁の捜索を受けていた。また、一時期の急成長により固定費の負担増や設備投資、研究開発費など先行投資による経営計画の失敗も重なり、30億円を超える金融債務が重荷となっていた。2005年7月期の年売上高は約9億9400万円にまで減少、約20億4700万円の当期損失を強いられていたうえ、今年1月には従業員への賃金未払いが発覚、甲府地検に書類送検されていた。この間、外部から代表社長を招き入れ経営再建を模索してきたが、主力製品のアガリクス茸は需要回復に至らず、今回の措置となった

負債は約42億円。

有限会社桑原食品

(有)桑原食品(資本金4150万円、中央市一町畑1085-6、代表桑原昌章氏、従業員47名)は、9月29日に甲府地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。

申請代理人は川井一将弁護士(東京都千代田区丸の内2-3-2、電話03-6267-1200)ほか1名。

当社は、1979年(昭和54年)6月創業、84年(昭和59年)12月に法人改組。カリカリ梅、梅干など梅を主体とした漬物製造を中心に、コンニャクグミ、コンニャクゼリーなどの食品製造も手がけていた。近年は、OEM生産から自社ブランドへ移行し、9割以上を自社ブランド製品が占めるまでとなり、新商品開発や設備増強などの積極策から、99年9月期の年売上高は約36億2100万円を計上していた。

しかし、この間の96年9月の元役員による手形トラブルや、2002年11月には入管難民法違反(不法就労助長)の発覚により対外信用の低下を招き、同年11月には代表交代を余儀なくされていた。また、2003年3月には主要取引先であった丸菱食品工業(株)(東京都江戸川区、破産)に約6000万円の不良債権が発生。その後も売り上げ減少に歯止めがかからず、2005年9月期の年売上高は約23億4900万円までダウンするなか、長期の運転資金需要や工場への設備投資に伴う金融債務は年商規模に達していた。

負債は約30億円。

なお、10月5日午前10時30分より山梨県流通センター(流通会館・中央市山之神流通団地2-6-1)において、債権者説明会を開催する予定。

株式会社読売ライフ

(株)読売ライフ(資本金1000万円、甲府市武田1-3-27、代表越水宏一郎氏、従業員77名)は、9月26日に甲府地裁へ自己破産を申請した。

申請代理人は丸山公夫弁護士(甲府市中央1-8-6、電話055-235-1731)ほか1名。

当社は、1982年(昭和57年)11月創業、86年(昭和61年)5月に法人改組したパチンコホール経営業者。「パチンコ甲子園」の店名で山梨県内で出店を進め、ピーク時の2003年3月期は年収入高約111億7900万円を計上していた。また、この間の98年には中古マンションを購入し、マンション賃貸も併営していた。

近年は、店舗増設など設備投資を積極的に行い集客強化に取り組んできたものの、大型県外資本の参入や店舗の大型化に拍車がかかり、同業者間の競合が激化。また、2005年9月に神奈川県川崎市にオープンした「パチンコ甲子園セリエロッソ」の運営が軌道に乗らず、余裕のない資金繰りが続いていた。2006年3月期の年収入高は約109億6100万円にとどまるなか、新店舗オープンに伴う設備投資や多額の有利子負債が負担となり、支え切れなかった。

負債は債権者約120名に対し約38億円(うち金融債務約26億円)。