株式会社山本工業

(株)山本工業(資本金1000万円、下関市菊川町久野741-1、代表山本哲也氏、従業員50名)は、1月31日に山口地裁下関支部に自己破産を申請した。

申請代理人は沖田哲義弁護士(下関市大平町2-6、電話083-233-0412)ほか3名。

当社は、1915年(大正4年)6月創業、54年(昭和29年)4月に法人改組した自動車部品メーカー。清涼飲料水メーカーとして創業したが、70年に自転車メーカーの下請協力工場になり、部品や釣具の組立などを専業としていた。その後、自転車メーカーが生産拠点の海外移転を進めたため、大手自動車メーカー向けのワイヤーハーネスやゴム加工などの自動車部品製造に事業転換していた。得意先からの受注拡大に対応するため2000年10月には中国・青島市に現地法人を設立、翌年3月には工場を建設するなど、中国における生産拠点を拡張していた。また、釣具小売店の運営も手がけ、ピーク時の2008年3月期の年売上高は約57億9700万円をあげ、経常利益約1億1800万円、当期純利益約5700万円を計上していた。

しかし、リーマンショックによる影響から自動車関連受注が落ち込み、2010年同期は年売上高約45億5200万円にとどまり、約3800万円の当期純損失を計上。以後、減収に加えて大幅な赤字が続いたことから、財務内容は債務超過に陥り資金繰りは悪化していた。こうしたなか、尖閣諸島問題などから中国工場が被害を受け、生産が計画通りにできない事態に陥るなどのトラブルもあり、事業継続を断念、今回の措置となった。

負債は2012年3月期末時点で約34億1700万円。

学校法人萩学園

学校法人萩学園(資産総額49億8230万5668円(2011年3月31日現在)、萩市椿東5000、理事長塩見範雄氏)は、6月1日に山口地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日、保全・監督命令を受けた。

申請代理人は、衛本豊樹弁護士(東京都千代田区内幸町2-2-2、電話03-5501-2111)ほか7名。

当法人は、1965年(昭和40年)1月に「萩女子短期大学」の名称で創設、同年12月に学校法人萩学園として法人改組。99年4月には山口県と萩市から約40億円の補助を受けるなど全面支援を得て、4年制の「萩国際大学」を開校、国際学科と経営情報学科の2学科を有し、開校以来、萩市長が同校の理事に就任し運営していた。しかし、少子化や大学の増加を背景にスタートから定員割れの状況が続いていた。2002年度の学生数は4学年合わせて651人と50%台の在学率にとどまっていたうえ、約60%が中国などからの留学生で構成されるなど不安定な構造となっていた。

こうしたなか、入国管理局の留学生資格審査の厳格化により、留学生頼みの募集戦略にも陰りが見え、深刻な定員割れとなっていた。このため、地元有力者を理事長に迎え教職員削減などのリストラを実施する一方で、ゴルフ場を買収し、国内初のゴルフ文化コースを創設。プロゴルファーを客員教授に迎えるなどユニークな教育プログラムを設定していたが、財務内容に好転の兆しは見られず、2005年6月21日に民事再生法の適用を申請していた(当時の負債は約38億8000万円)。その後は、塩見ホールディングス(大証2部上場:当時)がスポンサーとして再建を主導し、翌2006年3月10日に、民事再生手続きを終結していた。

2007年4月に大学の名称を「萩国際大学」から「山口福祉文化大学」に変更し、社会福祉系の新学部(ライフデザイン学部)を新設して再スタートしたものの、計画通りの学生数を確保できず、欠損計上が続いていた。このため、2008年には東京サテライト校、広島サテライト校を開設して受け入れ規模を拡大し、2011年3月期には年収入高約7億7900万円にまで回復したが、今年1月には、当学園の経営が塩見ホールディングスから学校法人こおりやま東都学園に実質的に移行していた。こうしたなか、自力での累積債務の解消は困難と判断し、今回の措置となった。

負債は2011年3月期末時点で約41億円。

株式会社シモカネ

(株)シモカネ(資本金1000万円、下関市椋野町3-18-12、代表真部良孝氏、従業員35名)は、8月30日に山口地裁下関支部へ自己破産を申請し、同日、破産手続き開始決定を受けた。

申請代理人は山元浩弁護士(下関市竹崎町4-4-2ヴェルタワー下関103、山元浩法律事務所、電話083-222-7001)。破産管財人は臼井俊紀弁護士(下関市細江町1-6-1、下関第一法律事務所、電話083-228-2070)。

当社は、1919年(大正8年)に創業した金物卸を、51年(昭和26年)2月に法人改組した。92年2月に商号を下関金物(株)から現商号に変更、96年11月からは中古車販売事業を手掛け、その後、賃貸マンションや駐車場などの不動産賃貸事業も展開していた。

近年の主力事業となっていたインターネットによる家電製品販売は、薄型テレビ、エアコン、カーナビなどを多岐にわたる商品を扱っていた。低価格で一般個人や業者への販売を行い、2008年1月期には年売上高約98億6500万円を計上するなど着実に業容を拡大、県内トップクラスの業容規模を誇る家電総合卸業者に成長していた。

しかし、2008年秋以降、景気悪化のほか、エコポイント制度の利用できる商品は家電量販店に来店して購買する傾向が強くなり、さらに、これまで取引額の大きかった得意先の1社に回収トラブルが発生し、同社への販売が激減したことも重なり、2010年1月期の年売上高は約53億8000万円に低下、2期連続最終赤字となった。もともと運転資金需要が活発で、不動産賃貸事業を展開する際の資金需要も借入金を膨らませたうえ、上記の回収トラブル発生が資金繰りを狂わせたことにより、2010年1月には金融機関への借入金返済を棚上げするなど資金繰り計画の見直しを進めていた。

こうしたなか、2011年1月期に入っても売り上げは回復に至らないまま、資金繰りはひっ迫し、支え切れず今回の措置となった。

負債は約37億8000万円が見込まれる。

白須那高原開発株式会社

白須那高原開発(株)(資本金3億500万円、下松市下谷269-1、代表河村尚男氏、従業員40名)は、1月26日に大阪地裁に民事再生法の適用を申請した。

申請代理人は中尾正士弁護士(広島県広島市中区上八丁堀8-20、電話082-227-2411)。保全管理人には中井康之弁護士(大阪市中央区北浜2-3-9、電話06-6201-4456)が選任された。

当社は、1971年(昭和46年)に創業、72年(昭和47年)10月に法人改組したゴルフ場運営業者(ゴルフ場の営業開始は1978年11月)。山口県下松市郊外の山間に立地する「白須那カントリークラブ」の運営を手がけ、99年12月期には5億円を超える年収入高を上げていた。

しかし、近年は競合激化に伴う利用客の減少と客単価の低下により収入は減少傾向をたどり、損益面でも赤字経営を余儀なくされていた。このため厳しい資金繰りが続いていたが、最近になっても収益回復の兆しは見られず、今回の措置となった。

負債は約31億5000万円が見込まれる。