株式会社レモール

(株)レモール(資本金4000万円、御所市池之内363、登記面=大阪市西区北堀江1-1-18、代表米田保伸氏、従業員95名)は9月24日に大阪地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。

申請代理人は山形康郎弁護士(大阪府大阪市中央区北浜2-5-23、電話06-6231-3210)。監督委員は、延澤信博弁護士(大阪府大阪市北区西天満6-1-12、電話06-6312-3053)が選任されている。

当社は、現社長の父が経営していた靴下メーカーの整理に伴って、1991年(平成3年)3月に設立。一時休眠状態を経て、96年(平成8年)4月、パンスト・ナースシューズ等の通信販売を目的に事業を再開。その後、ベビー・マタニティーの通信販売業者を買収し、現在は、看護用品、マタニティー用品、ベビー用品の通信販売を中心に、ベビー衣料の小売も手がけていた。ナース用品やベビー、マタニティー用品の販売業者を相次いで買収して業績を急拡大させ、安価な価格設定と高い商品デザインにより顧客の支持を受け、直近のピーク時である2011年3月期の年売上高は約256億6000万円を計上、特にナース用品では全国シェアの約70%を占めるほどに成長し、高い知名度を誇っていた。

しかし、急激な事業の拡大に社内体制の整備が追いつかず、大量の商品在庫を抱えるようになり、また、輸入の為替リスクを低減させるためにデリバティブ取引を結んでいたが、円高の進行により多額の損失が発生していた。

大手監査法人などの指導のもと大幅なリストラを断行したほか、大手商社との取引関係強化により経営再建を図っていたが、東日本大震災の影響もあって2012年3月期の年売上高は約219億3300万円にダウン。損益面でも、円高によるデリバティブ取引の巨額損失の問題が解消されず、3期連続で多額の損失計上を余儀なくされ、債務超過に転落していた。取引金融機関との協議で借入金の返済を延長し、中小企業金融円滑化法の利用などで凌いできたが、業況は改善せず金融環境が著しく悪化するなか、2013年3月期の年売上高も約200億1000万円に減少し、大幅な欠損計上となっていた。

8月30には(株)ベルーナ(東証1部)に対して、看護師通販事業の譲渡を実施。しかし、その後に売却代金の債権者への配分・返済条件を巡って債権者間での調整がつかなかったことから、自力での再建を断念した。

負債は約154億円。

株式会社竹本電機製作所

(株)竹本電機製作所(資本金3000万円、奈良県橿原市一町308、代表藤田有造氏)は、12月20日に事業を停止し、事後処理を小野博郷弁護士(大阪府大阪市中央区高麗橋2-1-2、電話06-6226-4601)ほか2名に一任した。近日中に自己破産を申請する予定。

当社は、1961年(昭和36年)6月創業、69年(昭和44年)2月に法人改組した。もともとはシャープの協力工場として家電部品の製造を手がけ、同社の協力・下請工場の中でもトップクラスの業容、技術水準を誇っていた。近年はソーラーパネルなど太陽電池部品を主体に電子デバイス、LEDなどの受託生産に注力、2009年1月期には年売上高約2200億円を計上していた。

しかし、リーマン・ショック後の業務請負の受注高は得意先の生産調整を受けて落ち込み、資金繰りが悪化、金融機関から返済猶予を受けていた。その後、LED部門は2009年1月、電子デバイス部門も同年3月に終了するなど業容は一段と縮小。同時期に正社員、派遣社員の大幅リストラを実施し、シャープ福山工場への人員派遣もなくなっていた。さらに、今年に入って役員の大規模な入れ替えを実施、動向が注目されていた。

負債は約179億7800万円。

ヤマトハイミール食品協業組合

ヤマトハイミール食品協業組合(資本金2000万円、奈良市杏町169、代表理事谷口保氏、従業員5名)は、2008年7月23日に奈良県から奈良地裁へ第三者破産を申し立てられていたが、同年12月19日に破産手続き開始決定を受けていたことが判明した。

破産管財人は藤本卓司弁護士(奈良市西大寺栄町3-23サンローゼビル4階、電話0742-32-5211)。債権届け出期間は2月12日までで、財産状況報告集会期日は3月12日午前10時15分。

当組合は、1988年(昭和63年)1月に飼料・工業用油脂・食用油脂・ドッグフードなどの製造を目的に設立。飼料の大半は家畜のえさとして使用され、油脂関連は牛脂、ラード、ワイジー、ミートミル、タロウなど多岐に利用されていた。ピーク時の89年3月期の年売上高は約7億円を上げ、その後、受注は一進一退を繰り返していたものの2005年以降は受注の減少から業績は急激に下降していた。

この間、飼料製造の過程において悪臭が混ざり周辺民家から苦情が多数発生し公害問題を引き起こしていたこともあり、これら悪臭対策として91年12月に奈良県からの産業高度化資金の融資20億円(無利子)のほか、奈良市などからも支援を受け事業を手がけてきた。その後は、鳥インフルエンザ騒動などの要因から受注がジリ貧となり、多忙な繰り回しを余儀なくされていた。施設の老朽化に加え、財務面では多額の債務超過に陥るなど厳しい経営が続いていたが、2008年7月、債権者である奈良県から破産を申し立てられ、今回の事態となった。

なお、代表理事の谷口保氏は2008年7月に死去しており、官報の公示によると代表理事代行者は副理事長杉本正雄氏となっている。

負債は約48億円。

株式会社浅川組

(株)浅川組(資本金7800万円、奈良市法華寺町2-4、代表竹川隆氏)と(株)アサカワ(資本金5000万円、同所、代表北村正朗氏、従業員35名)及び、(株)シー・オー・エー(資本金1000万円、同所、代表中林直義氏)の3社は、9月7日に奈良地裁へ自己破産を申請した。

申請代理人は浦田和栄弁護士(大阪市中央区北浜2-5-23、電話06-6231-3210)。

(株)浅川組は、1952年(昭和27年)3月創業、59年(昭和34年)7月に法人改組した土木建築工事業者。奈良県議会の議長などを歴任した当地の実力者、故・浅川清氏が初代代表及びオーナーを務めてきたことで知られ、奈良県の建設業者としては長年トップクラスの実績を残してきた。奈良県や奈良市、国土交通省、近畿地方整備局などの官公庁関連受注を中心に、大手ゼネコンなどから県下の大型工事を受注して業容を拡大し、91年5月期には年売上高約94億7900万円を計上した。

しかし、バブル崩壊以降、公共工事の削減から受注はジリ貧で推移し、2004年5月期は年売上高約51億8000万円にまでダウンしていたうえ、バブル期の不動産購入による金融債務が年商を上回っていたことで財務内容の悪化を招いていた。この間、2001年5月には本店不動産を関係会社の(株)シー・オー・エーに売却するなどリストラに取り組んできたが奏功しなかった。

このため、2007年1月に会社分割で(株)アサカワを設立。その後は(株)アサカワが工事部門を引き継ぎ、民間工事にも注力してきたものの受注獲得に苦戦。こうしたなか、工事現場での事故を原因に奈良県より指名停止処分(07年7月~08年1月)を受けたことで、今後の再建計画の実行が困難と判断、今回の措置となった。

負債は、(株)浅川組が約78億2700万円、(株)アサカワが約81億6100万円、(株)シー・オー・エーが約16億6900万円、3社合計で約176億5800万円となるが、(株)浅川組に対する(株)アサカワの債務保証を除き、負債合計は約98億4600万円。