医療法人武蔵野総合病院など2法人

医療法人武蔵野総合病院(資産の総額11億1719万2595円、川越市大袋新田977-9、理事長小室万里氏、従業員240名)とグループの医療法人刀圭会本川越病院(資産の総額0円、川越市中原町1-12-1、同理事長、従業員45名)は、12月27日にさいたま地裁へ民事再生法の適用を申請した。

申請代理人は清水琢麿弁護士(東京都港区虎ノ門1-2-10、法律事務所イオタ、電話03-3593-3321)。監督委員は荒木直人弁護士(さいたま市浦和区高砂2-3-18、荒木法律事務所、電話048-831-8715)。

医療法人武蔵野総合病院は、1967年(昭和42年)11月に設立。川越市内における中核的医療施設「武蔵野総合病院」(185床)を経営するほか、「デイサービスひまわり」を運営。2015年3月には川越駅近くのウニクス川越内に「川越予防医療センター・クリニック」を開設していた。武蔵野総合病院は、内科、外科、脳神経外科、神経内科、循環器内科、耳鼻咽喉科など幅広い診療科目を有し、人間ドックも受けるなど地域の総合病院として高い知名度と実績を誇り、2005年3月期には年収入高約31億円を計上していた。

しかし、その後は診療報酬の改定や患者数の減少など取り巻く環境は厳しさを増すなか、各種設備投資に要した借入金の負担も重く、近年では慢性的な医師、看護師などの人手不足が影響して各種コストが上昇。2016年3月期の年収入高は約27億8200万円となり、最終赤字約1億5000万円を計上。資金繰りが悪化するなか、自主再建を断念した。

医療法人刀圭会本川越病院は、1958年(昭和33年)12月に設立。従前は、医療法人廣瀬病院として川越市内で運営していたが、2006年11月には民事再生法の適用を申請。その後、医療法人武蔵野総合病院がスポンサーとなって当法人をグループ化。「本川越病院」(70床)を経営していたが、業況は安定せず赤字が常態化。同様の措置となった。

負債は医療法人武蔵野総合病院が約34億円、医療法人刀圭会本川越病院が約28億円で、2法人合計で約62億円。なお、両法人ともに現在も通常通り病院の運営を続けている。

埼玉県厚生農業協同組合連合会

埼玉県厚生農業協同組合連合会(出資総額18億4230万円、熊谷市末広1-62、代表清算人五月女直樹氏)は、7月22日に東京地裁へ自己破産を申請し、同日破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は永沢徹弁護士(東京都中央区日本橋3-3-4、永沢総合法律事務所、電話03-3273-1800)。

当法人は、1934年(昭和9年)12月に創業された医療利用組合病院が前身で、48年(昭和23年)10月に農協系の病院として法人改組した。かつては、熊谷総合病院、幸手総合病院の2つの病院を経営、地域の中核的な病院として、2009年3月期には年収入高約67億800万円を計上していた。

その後、2011年に幸手総合病院を閉鎖して新たに久喜総合病院を開業。また、2013年には熊谷総合病院を新築するなど業容拡大に努めていた。しかし、厳しい経営環境が続くなか、設備投資負担が重く、医師の確保が困難になってきたことなども重なり、2014年3月期は年収入高約110億円としていたものの、当期純損失約14億8600万円に陥るなど苦しい状況に追い込まれていた。

こうしたなか、再建の見込みが立たなくなったことで自主再建を断念し、今年1月には両病院を売却することを発表。2016年6月30日には総会の決議により解散し、清算手続きを進めていた。

負債は約65億3374万円。

なお、『熊谷総合病院』は、社会医療法人北斗(北海道帯広市)が経営支援し、新たに設立された医療法人熊谷総合病院が運営。『久喜総合病院』は、一般社団法人巨樹の会(佐賀県武雄市)へ売却し、『新久喜総合病院』として運営。両病院ともに新体制下で運営がスタートしている。

武蔵産業株式会社

武蔵産業(株)(資本金1億7000万円、春日部市大場991、代表山崎薫氏ほか1名、従業員78名)と、(株)ショッピングひまわり(資本金1000万円、同所、代表山崎輝光氏)は、8月15日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けた。

申請代理人は美谷島隆明弁護士(東京都港区虎ノ門1-17-1、電話03-5501-7160)ほか。

武蔵産業(株)は、1971年(昭和46年)8月に設立されたディスカウントストア、遊技場などの経営業者。当初はボーリング場やサウナ風呂の経営を手がけていたが、75年に「ディスカウントストアパール」の店名で小売業に進出、89年7月には「パチンコパール大袋店」を出店し遊技部門にも進出するなど多角経営を進めていた。ピーク時の2005年9月期には年売上高約259億3200万円を計上。また、この間の2003年8月に生鮮食品スーパーの(株)ショッピングひまわり(当時、北葛飾郡鷲宮町)を買収するなどさらなる事業の多角化を進めていた。

しかし、その後は小売部門が同業他社との競争激化の煽りで不振に転じたほか、遊技場部門の客足の落ち込みも重なり、2008年9月期の年売上高は約164億3000万円に落ち込み、店舗の売却損から約1億1500万円の赤字に転落していた。こうしたなか、2009年に入って関係会社の(株)ショッピングひまわりにおいて不正競争防止法違反容疑で社員が逮捕される事件が発生。対外信用が大きく低下していた。その後も本業のディスカウントストア、パチンコホールともに競合激化の影響で業況はさらに低迷。近時の2013年9月期は年売上高が約79億円にまでダウンし、大幅な赤字計上を余儀なくされていた。このため、不採算店舗の閉鎖や金融機関をはじめとした取引先の支援を受け、本業回復に向けた再建策を模索していたものの、ここへ来て支援も限界に達し自主再建を断念。法的手続きによる再建を目指すこととなった。

(株)ショッピングひまわりは、1972年(昭和47年)10月設立の食品スーパー経営業者。2003年8月期には年売上高約41億4600万円を計上していたが、このたび親会社とともに同様の措置を採ることとなった。

負債は、武蔵産業(株)が2013年9月期末時点で約43億円。(株)ショッピングひまわりについては調査中。

なお、8月20日(水)午後2時より大手町サンケイプラザ(東京都千代田区大手町1-7-2)にて債権者説明会が開催される予定。

株式会社第一繊維(旧:花菱縫製株式会社)

(株)第一繊維(旧商号:花菱縫製(株)、資本金8000万円、さいたま市岩槻区笹久保2059、登記面=東京都豊島区巣鴨4-26-13、代表清算人竹内猛氏)は、3月12日に東京地裁より特別清算開始決定を受けた。

当社は、1935年(昭和10年)創業、47年(昭和22年)7月に法人改組。「イージーオーダー花菱」としてオーダースーツを中心とした紳士服、ならびに婦人服の縫製加工を手がけていた。70年頃に現在の実質本店となる岩槻工場を開設してから、同業者を買収する一方、製造拠点、販売店を整え徐々に業容を拡大。本店のあるさいたま市岩槻区の工場をはじめ、東北地方にも複数の縫製工場を構えるなど、当地では業界上位に位置する紳士服メーカーとして知名度を有し、ピーク時の91年2月期には年売上高約141億2200万円を計上していた。

しかし、その後はバブル崩壊による個人消費の低迷などから売り上げは減少。さらに、安売り攻勢を強める同業他社の台頭などから、紳士服業界においても低価格化が進み、比較的高額なオーダーメイドを強みとしていた当社の販売戦略は厳しい状況に追い込まれていた。2001年2月期以降は年売上高が100億円を割り込み、2006年2月期には約61億6900万円まで減少、同期は9億円を超える最終赤字に陥っていた。この間、不採算店舗の閉鎖や工場の統廃合、さらには人員削減など各種リストラを進めて経営の効率化を図っていたものの、拠点の閉鎖を行ったことで売り上げの減少を招いたほか、リストラに伴う諸経費の上積みから多額の損失計上が続いていた。

近時は年売上高が50億円前後にまで落ち込むなど業況悪化に歯止めがかからず、年商規模に近い水準まで達した借入金の負担も重くのしかかり資金繰りは悪化。このため、会社分割により事業再生を目指すことを決め、2013年3月に新会社としてフェニックス・キャピタル・パートナーズ・フォーティーン(株)を設立し、同年6月に同社の商号を花菱縫製(株)に変更。当社は同年7月1日をもって商号をそれまでの花菱縫製(株)から現在の(株)第一繊維に変更し、会社分割をして新会社の花菱縫製(株)に事業を移管していた。その後同年11月30日には会社を解散し、残存負債を処理すべく清算手続きに入っていた。

負債は推定で30億円の見込み。

なお、現在も新会社の花菱縫製(株)は通常通り営業を続けている。