松本金属事業協同組合

松本金属事業(協)(出資総額4800万円、栃木市城内町1-1-1、代表荒川正二氏)は、6月24日に宇都宮地裁より破産手続き開始決定を受けた。

申請代理人は宗田親彦弁護士(東京都千代田区霞が関3-2-5霞が関ビル718A、宗田親彦法律事務所、電話03-3580-1787)。破産管財人には澤田雄二弁護士(宇都宮市小幡1-1-32ミユキビル6階、宇都宮中央法律事務所、電話028-616-1933)が選任されている。債権届出期間は7月26日までで、財産状況報告集会は10月1日午後2時30分。

当組合は、建築用金属製品製造を手掛ける栃木県内大手の松本金属工業(株)(栃木市)を母体としたマツキングループの資材共同購入や資金調達を目的として1976年(昭和51年)6月に設立。グループ企業や組合員に対する資材の供給と資金援助に加え、組合員の体質強化を目的とした経営管理、生産技術の向上や事務処理システムの合理化等に取り組み、98年3月期には年収入高約73億1300万円を計上していた。

しかし、98年4月に東北地方などの組合員数社の倒産に伴い15億円内外の不良債権が発生。取引先を失ったうえ、不良債権処理を余儀なくされたことから、99年3月期の年収入高は約34億700万円に低下し、財務面は債務超過状態に陥った。その後、不況の影響によりグループ各社の業績が低迷し、当組合の受注量も減少の一途をたどり、2004年3月期の年収入高は約14億7500万円に下降。以降は、グループ各社が独自に資材調達を行うようになったため、業容はさらに縮小していた。

こうした状況下、マツキングループでは再生計画に着手し、2008年10月に新会社への事業譲渡や従業員の転籍を完了。当組合はグループ各社と同様に2009年7月に解散し、松本金属工業(株)など11社は2009年12月に特別清算となっていた。

負債は保証債務等含め約30億円。

池田鋼機株式会社

池田鋼機(株)(資本金3500万円、鶴岡市下清水字内田元74-6、代表清算人村上豊氏)は、7月15日に山形地裁鶴岡支部より特別清算開始決定を受けた。

当社は、1926年(大正15年)4月に創業、57年(昭和32年)5月に法人改組した鉄鋼・同加工品卸業者。建築用のH鋼、棒鋼、鋼管などを取り扱い、鉄工所や建設業者を得意先として、秋田県、新潟県などにも営業所を開設。近年のピークとなる1991年8月期には約127億8,200万円の年売上高を計上し、山形県内でもトップクラスの業容を誇っていた。

しかし、2008年8月期頃から、急速な景気の後退に伴って売り上げが急減。設備投資や赤字補填の必要もあって借入金が膨張し、収益面で劣勢が続き債務超過に陥っていた。

このようななか、借入過多で返済財源確保が困難な状況であったため、取引先や金融機関の支援のもとで第二会社方式での事業再生を決定。会社分割により2012年9月に設立された新会社に採算部門の事業を譲渡し、当社は2012年10月31日に株主総会の決議により解散していた。

負債は約35億円だが変動する可能性がある。

なお、新会社により事業は継続されている。

M&Tオリビン株式会社

M&Tオリビン(株)(資本金7800万円、中央区築地5-6-4、登記面=千葉県市原市八幡海岸通1、代表清算人清田隆道氏)は、7月13日に千葉地裁より特別清算開始決定を受けた。

当社は、2011年(平成23年)6月の設立。東証1部上場の大手造船会社と電子素材メーカーの出資のもと、レアメタルを使わず替わりに鉄を用いるリチウムイオン電池正極材用のリン酸鉄リチウム(LFP)の製造を目的に設立された。

親会社がカナダ企業からリン酸鉄リチウムに関する特許を取得し、当初はパイロットプラント、次いで親会社の千葉事業所内に製造設備を建設して、2013年4月に稼動を始めていた。

しかし、レアメタルの供給難解消、電気自動車の普及の遅れ、競合の激化等の諸問題によって、国内外の電池メーカーへのサンプル提供にとどまり、売上計上はほとんどない状況が続いていた。当初計画では2012年度に年間2000トン規模の生産を開始する予定だったが、本格稼動見通しは2016年度にずれ込み、先行きの見通しは厳しいものとなっていた。原材料の仕入れや人件費等、固定費もかさみ、累積損失も膨らんでいた。そのため、5月20日開催の株主総会で解散を決議、今回の措置となった。

負債は約39億円。

株式会社ジョー・コーポレーション

(株)ジョー・コーポレーション(資本金9000万円、松山市来住町1344-1、代表中岡大起氏)は、7月15日に松山地裁より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は、山下清弁護士(松山市千舟町4-5-2平成ビル4階、山下清法律事務所、電話089-986-6960)ほか1名。

当社は、1950年(昭和25年)6月創業、64年(昭和39年)6月に設立した建築工事業者。建築コストを抑えた営業展開が奏功して急成長し、建築工事のほか不動産売買業も展開。「サントノーレ」ブランドで分譲マンションを手がけ、ピーク時の2006年12月期には年売上高約341億1800万円を計上していた。

しかし、その後は分譲マンション市況の低迷や、改正建築基準法の影響もあり、2007年12月期の年売上高は約244億1800万円に落ち込んでいた。大幅欠損にリーマン・ショックの影響も重なり、資金繰りに余裕がなくなるなか、2009年1月に松山地裁へ民事再生法の適用を申請(当時の負債約90億円)していた。

その後、マンション販売部門を閉鎖し、戸建住宅や店舗建築請負へ業態転換を進め、2010年12月期に約36億7200万円にまで落ち込んでいた年売上高は、2013年12月期に約52億2700万円まで回復。再生計画認可から3年が経過したことで、2012年9月7日に再生手続きを終結していた。

しかし、スポンサー不在のなかで売り上げを回復させるため、安値受注を進めたことから採算性は悪化。増加する運転資金の捻出に苦戦し、仕入先や外注先に対する支払い遅延が慢性化するなど資金繰りはひっ迫していた。こうしたなか、2015年に入り取引先複数社に対する支払いが行き詰まり、分割返済案を提示するなど協力を要請していた。しかし、業者間の足並みは揃わず、外部への資金協力要請も奏功しないなか、2月25日に事業を停止し事後処理を弁護士に一任、6月5日に松山地裁へ自己破産を申請していた。

負債は約72億7500万円。