株式会社マリーナ電子

(株)マリーナ電子(資本金1億円、笠間市長兎路1084、代表清算人鐘ヶ江洋祐氏)、(株)マリーナ産業(資本金1800万円、同所、同代表清算人)、(株)マリーナ商事(資本金780万円、同所、同代表清算人)の3社は、4月24日に水戸地裁より特別清算開始決定を受けた。

(株)マリーナ電子は、1971年(昭和46年)4月創業、78年(昭和53年)12月に法人改組したプリント基板などの集積回路設計製造業者。大手メーカーの事務機および電機・産業機器部品の製造を手がけ、笠間本社工場と長崎県南島原工場に製造ラインを組む一方、中国大連市に子会社を配し得意先の現地工場向けの部品供給にも対応する体制で、近年のピーク時となる2008年10月期には年売上高約99億2600万円を計上していた。

しかし、リーマン・ショック後の世界的な景気悪化の影響を受けて主力先からの受注が急減し、2009年10月期には年売上高約59億5200万円までダウン、大幅赤字を余儀なくされていた。その後、受注は次第に回復し、2010年10月期には年売上高約81億円まで回復、採算も維持できていた。ところが、主力先が工場を別会社に譲渡したことを受け、2012年10月期の年売上高は半分以下の約32億7800万円まで落ち込んでいた。

こうしたなか、当社および関係会社の(株)マリーナ産業、(株)マリーナ商事などグループ全体の経営の再構築を進めることで財務面の立て直しに取り組んでいた。しかし、年売上高を超える多額の借入金が足かせとなり、改善の見通しが立たないことから、金融機関支援のもと2013年3月に(株)地域経済活性化支援機構からの再生支援決定を受けていた。

負債は、(株)マリーナ電子が約28億円、(株)マリーナ産業が約6億円、(株)マリーナ商事が約3億円、3社合計で約37億円が見込まれる。

なお、(株)マリーナ電子の事業は、7月1日に会社分割によって同事業を(株)筑波エレクトロンが承継会社として経営を引き継いでいる。(株)筑波エレクトロンは、茨城いきいき2号ファンド投資事業有限責任組合をはじめ、主力取引先や経営陣などからの資本金拠出により設立されており、キヤノン電子(株)からの受注を主軸としながら経営再建に取り組んでいる。

また、(株)マリーナ産業の事業は、11月1日に同事業を会社分割によりOA機器販売に関する権利義務を承継した茨城マーケティングシステムズ(株)が引き継いでいる。

濱田漁業株式会社

濱田漁業(株)(資本金5000万円、珠洲市蛸島町ナ部12、代表濱田康永氏、従業員50名)は、4月30日、金沢地裁輪島支部より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は久保雅史弁護士(金沢市大手町15-14、まこと共同法律事務所、電話076-262-5757)。

当社は1975年(昭和50年)1月に設立したまき網漁業、生鮮魚介卸売業者。珠洲地区では唯一のまき網漁業者で日本近海を主な漁場として活動、業容は県内の漁業者でトップクラスと評されていた。定置網漁も行い、石川県のみならず全国各地の港に水揚げするなどして高い収益性を誇り、91年1月期には年売上高約51億900万円を計上していた。

その後、さらに業容を図るべく、船舶建造事業や魚粉工場の買収などを行ったが、水産資源の減少や水温変動による漁場変化などから減収・減益が続き、設備投資費用や欠損補填のための借入が経営を圧迫。2013年1月期には年売上高約7億円にまでダウン、船団の縮小や経営の合理化に注力したものの、減収に歯止めがかけられないなか燃料費の高騰も重なり、資金繰りがひっ迫、支えきれず今回の措置となった。

負債は約30億円が見込まれる。

アールインベストメントアンドデザイン

アールインベストメントアンドデザイン(株)(資本金9500万円、千代田区三番町28-7、代表永井好明氏)は、4月17日に東京地裁へ自己破産を申請し、4月23日に破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は佃克彦弁護士(港区西新橋1-20-3、電話03-3500-4162)。債権届け出期間は5月28日までで、財産状況報告集会期日は7月18日午後2時30分。

当社は、2003年(平成15年)7月にインテリア家具デザイン・製造・販売を手がける都内の企業が、別途、都市再生プロジェクトを進める目的で設立。都内のほか、名古屋、大阪、福岡など全国規模で商業施設開発、オフィスリノベーションなど、不動産に関わる企画・開発・リーシング、売却スキーム作成コンサルティングなどを手がけ、業容を拡大させた。

その後、2005年10月に経営陣のMBOに伴い、イデーアールプロジェクト(株)からアールプロジェクト(株)に商号を変更。2007年に現商号に変更し、2008年3月期には年売上高約46億2200万円を計上していた。

しかし、リーマン・ショックの影響から案件が減少し、2010年頃からは債務超過に転落、2012年3月期の年売上高は約8億4100万円にダウン。その間、メインの事業を子会社(当時)に移管し、2012年中に営業を事実上ストップしていた。

負債は債権者約8名に対し約82億2000万円。