株式会社武屋

(株)武屋(資本金3000万円、戸田市氷川町2-15-6、登記面=蕨市南町3-14-11、代表武藤克人氏)は、2月5日にさいたま地裁より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は堀之内幸雄弁護士(さいたま市浦和区高砂2-9-5、電話048-834-1206)。財産状況報告集会期日は5月27日午前10時。

当社は、1985年(昭和60年)6月に設立。87年12月に事業内容を食肉卸に転換し、食肉の加工卸および加工食品の製造を手がけていた。食肉は国産牛が90%程度で山形牛、米沢牛、薩摩西郷牛、那須高原ハーブ牛などのブランド牛を扱い、牛枝肉などのブロックカット、スライスなどの一次加工を主とするほか、食肉のパックなども手がけていた。また、加工食品部門では、ローストビーフ、ハム・ソーセージ、ベーコン、チャーシューなどの製造・加工も行っていた。得意先は食品メーカー、食肉卸業者、外食産業を含む小売店などで、2004年11月期には年売上高約94億7800万円をあげていた。

2007年11月には戸田市に工場(フードセンター)を開設。全室オゾン殺菌システムを導入し、最新設備を駆使して徹底した温度・湿度管理、衛生管理を実現、HACCP対応工場とすることで顧客からの品質・安全面で高い要求に応えていた。

しかし、近年は長引くデフレに伴う消費者の低価格志向や、消費低迷などの影響からブランド牛の流通が減少傾向で推移。この分を補うべく加工食品の扱いを増やすなどしていたが、近年発生した牛生肉の食中毒事件の影響もあり、2012年11月期は年売上高約53億円にとどまっていた。また損益面も減収に加え、フードセンターなどの設備投資に伴う借入金負担が重荷となり、赤字を余儀なくされていた。こうしたなか、本業を新たに設立した別会社に移管し、当社については債務整理を進めていた。

負債は2012年11月期末時点で約30億円であるが、その後変動している可能性がある。

なお、グループ会社の(株)タケヤ(資本金1000万円、横浜市鶴見区大黒町3-53、同代表)も同日、同地裁より破産手続き開始決定を受けている。

和田工業株式会社

和田工業(株)(資本金4350万円、東京都墨田区本所3-21-10、代表和田圓氏、従業員180名)は、2月12日に東京地裁へ自己破産を申請し、同日に破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は松田耕治弁護士(東京都千代田区丸の内2-2-2、電話03-6212-5713)。

当社は、1932年(昭和7年)8月創業、41年(昭和16年)9月に法人改組されたプラスチック容器メーカー。各種合成樹脂製品の成型加工を手がけ、具体的には化粧品容器、薬品容器、家電部品等の製造、販売を主に行っていた。製造分野は化粧品容器、化粧品ボトル、家電関連、飲料用ペットボトル、金型販売などに分かれ、高い技術力を背景に、主な販路として化粧品メーカーや電機メーカーなどを有し、ピーク時の2005年8月期には年売上高約46億6000万円を計上していた。

しかし、その後は得意先各社の海外シフトや同業他社との価格競争などから業績は低迷。とくにリーマン・ショック以降は、資金繰りが厳しさを増していた。このため、中小企業再生支援協議会の協力も得て借入金のリスケジュールを行うなど、業況改善に努めていたが、当社が得意としていた携帯電話部品はスマートフォンの台頭から需要が低迷。2013年8月期の年売上高は約18億円にまで減少するなか、ここにきて資金繰りは限界に達し、今回の措置となった。

負債は約30億8900万円の見込み。

なお、現段階において得意先から見込まれる受注もあり、当面のあいだ営業を継続する予定。

エヌ・エス・アール株式会社

エヌ・エス・アール(株)(資本金1億円、東京都中央区八重洲1-4-18、代表清算人山本忠行氏)は、1月31日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は、大塚正和弁護士(東京都中央区日本橋兜町7-16、電話03-3249-1081)。債権届け出期間は2月28日までで、財産状況報告集会期日は4月25日午後2時。

当社は、1977年(昭和52年)5月に設立。大手金融機関系列の不動産会社などが仙台市青葉区に所有する土地の大型開発を行うことを目的として設立された経緯がある。同開発地で「錦ケ丘」の開発分譲と住宅の建売、マンション「錦ケ丘セントラルハイツ」の建設販売を手がけ、91年1月に商号を山万アーバンフロント(株)に変更した(2000年8月にはアーバンフロント(株)に商号変更)。94年にはショッピングモール「錦ケ丘センタープラザ」をオープンするなどして96年3月期には年売上高約90億4500万円を計上していた。

しかし、大規模開発に伴う借入負担は多額にのぼり、バブル崩壊後は計画通りの販売が困難となるなか資金負担が重荷となっていたうえ、2003年3月には借入金が整理回収機構へ譲渡されていた。近年においても景気の低迷から宅地販売など業績は低調に推移、2004年3月期の年売上高は約16億9000万円にとどまる一方、不動産売却損の計上から大幅な欠損計上を余儀なくされ、債務超過に陥っていた。こうしたなか、2007年6月に現商号へ変更し、2010年12月には株主総会の決議により解散していた。

負債は約1650億円。