ミヤマブロイラー株式会社

ミヤマブロイラー(株)(資本金1億9500万円、高崎市神戸町359-1、登記面=高崎市高浜町1062、代表鈴木毅氏)は、1月30日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けた。

申請代理人は赤羽宏弁護士(東京都中央区銀座1-6-11、電話03-3538-5551)ほか3名、監督委員は小林信明弁護士(東京都千代田区麹町1-6-9、電話03-3238-8515)。

当社は、1967年(昭和42年)2月に設立されたブロイラーの飼育・加工および飼料・ヒナ・鶏肉などの卸売業者。大手食品スーパーや食品卸売業者への供給を中心に、「群馬県産榛名さくら鶏」「榛名若鶏」などのブランド名で展開。94年12月には、JR高崎駅東口にレストラン「酉の市くれた」をオープンし飲食店経営も手がけていた。年間出荷量は当社単体で1000万羽、グループ全体では1700万羽と全国でも大手クラスに位置し、契約農家を増やして供給体制を整えると同時に販売ルートについても東京、神奈川、埼玉などの食品スーパーを開拓。2009年3月期の年売上高は約147億8900万円を計上していた。

しかし、鶏肉相場の下落から同期の当期純利益は200万円程度にとどまり、その後の受注は数量ベースでは緩やかに増加したものの、鶏肉相場の低迷から販売単価が下落したため2010年3月期の年売上高は約130億円に低下、「酉の市くれた」も2010年1月に閉店し、飼料価格の高騰で採算性が悪化したため、赤字決算を強いられていた。2011年3月期の年売上高も約127億円にとどまるなど厳しい経営環境が続くなか、農場や工場への設備投資を目的として導入した借入金の負担も重く、資金繰りはひっ迫していた。

負債は約82億1185万円。

なお、グループ会社のミヤマ畜産農業協同組合、事業協同組合ナガブロ、(株)ニイブロ、(株)ミヤマデリカ、(株)富士アサヒブロイラー、(有)小田原農園、(有)清水農園、(有)碓氷ブロイラー、(有)水沼ブロイラー、(株)第一ファ-ム、(有)榛名鶏園も同様に民事再生法を申請している。

ミヤマブロイラー(株)およびグループ11社合計の負債は、概算で120~130億円。

株式会社産工社

(株)産工社(資本金4000万円、名古屋市千種区内山3-18-10、登記面=名古屋市千種区西山元町2-16、代表加藤宏観氏)は、1月26日に名古屋地裁へ民事再生法の適用を申請、同日保全命令を受けた。

申請代理人は山田尚武弁護士(名古屋市中区錦2-2-2、電話052-223-5555)。監督委員は鈴木誠弁護士(名古屋市中区錦3-5-31、電話052-253-6311)。

当社は、1919年(大正8年)創業、67年(昭和42年)2月に法人改組。真空ポンプ部品や給排水バルブ、空調用バルブなど各種ポンプ部品・バルブの製造を手がけ、ポンプメーカーなどを得意先として、2008年5月期は年売上高約33億2700万円を計上していた。

しかし、春日井工場などへの設備投資で借入が膨らんでいたうえ、近時は不況や原材料価格の高騰によって受注は落ち込み、2011年5月期の年売上高は約30億5100万円に落ち込んでいた。今期に入っても受注に回復は見られず、先行きの見通し難から自主再建を断念、今回の措置となった。

負債は債権者約50名に対し約34億4800万円。

株式会社日東あられ新社

(株)日東あられ新社(資本金3億円、港区赤坂3-5-2、代表清算人有賀隆之氏)は、1月11日に東京地裁より特別清算開始決定を受けた。

当社は、包装もちのメーカーで、あられでは国内シェア20%を誇っていた日東あられ(株)(1948年設立、岐阜県池田町)が91年5月に岐阜地裁へ会社更生法を申請したのち、同社の更生計画の一環として、同社の営業権譲渡および従業員、稼働中の工場、プラントなどを引き継ぐ条件で、1994年(平成6年)4月に設立。あられ、おかきのほか、せんべいなど米菓商品を製造し、特にひなあられにおいては高い市場シェアを占めていた。大手商社を一次代理店として、専門商社などを経由してスーパーストアなどの小売店に販売、95年3月期には年売上高約46億400万円を計上していた。

しかし、その後は消費需要が大きく落ち込み、工場設備等の維持費が経営を圧迫。2009年には工場の統合や事務所、人員合理化なども進めたが好転せず、2010年3月期の年売上高は約22億6900万円にダウン。2011年4月には受注残分の生産が終了次第、事業を停止する意向を発表。9月30日に本店住所を岐阜県池田町から現所に移転、11月30日の株主総会決議で解散し、同日付で特別清算を申請していた。

負債は約30億円。

エーオー産業株式会社

エーオー産業(株)(資本金9100万円、箕面市船場東2-1-20、代表小倉明氏)は、2011年12月21日に大阪地裁へ自己破産を申請し、1月11日に同地裁より破産手続き開始決定を受けたことが判明した。

破産管財人は高橋英伸弁護士(大阪市北区西天満5-1-9、電話06-6365-1251)。

当社は、1940年(昭和15年)1月に繊維製品卸を目的に創業、51年(昭和26年)4月に法人改組、オグラングループを形成していた。2001年12月に小倉産業(株)からオグラン(株)、2011年9月にオグラン(株)から現商号に変更。

トランクス、エプロン、パジャマ等の繊維製品を商社経由で仕入れていたほか、関係会社への外注により自社企画製品も製造し、自社ブランド「オグラン」「ラニー」等を有していた。当社はグループの中核企業で、グループ会社の製造管理、資金調達等を担当、生産会社や流通加工部門でも分社化を図り、生産から配送まで一貫した体制を確立し、93年11月期には年売上高約109億9900万円を計上していた。

しかし、輸入製品の増加などから売上高が減少するなか、94年以降、グループ会社の合併や解散などの再編をスタート。その間、グループ会社清算に伴う損失や、(株)長崎屋(2000年2月会社更生法)、マイカルグループ(2001年9月民事再生法→同年12月会社更生法)などに対して多額の不良債権が発生。その後も主力販売先である量販店での売上低迷から、2007年11月期には約45億8500万円まで落ち込んでいた。加えて、過去の設備投資や不動産取得等から過大な借入金を抱え、資金繰りを圧迫していた。

そのため、抜本的な再建策を策定すべく、スポンサー選定に着手。2008年8月、東証1部の片倉工業(株)が全額出資したオグラジャパン(株)(大阪市中央区)に、当社および100%出資子会社のオグラン大野原(株)(香川県観音寺市)の紳士トランクスやエプロン等の企画・輸入・販売事業を譲渡する基本契約を締結し、2008年11月に事業譲渡。以降は、所有する不動産賃貸業を行う一方、資産処理を行っていた。

負債は、借入金約67億3100万円を中心に約69億3700万円。