岸商事株式会社

岸商事(株)(資本金2億5844万円、羽咋市粟生町ミ7-1、登記面=金沢市鞍月2-2、代表久保伸一氏ほか1名、従業員10名)と関連会社の北国繊維工業(株)(資本金1億円、羽咋市釜屋町ウ.313-1、代表表道和氏、従業員8名)の2社は3月15日で事業を停止し、同じく関連会社の北国合繊(株)(資本金5000万円、能美市吉原釜屋町ワ21-1、代表鈴木賢二氏、従業員50名)とテクノウイン(株)(資本金5000万円、羽咋市粟生町ミ7-1、代表北山修三氏、従業員82名)の2社は、3月16日に金沢地裁へ民事再生法の適用を申請した。

4社の代理人は岡田進弁護士ほか1名(金沢市尾張町1-9-11、電話076-232-1616)。

岸商事は、1911年(明治44年)11月創業、50年(昭和25年)1月に新たに当社を設立して業務を継承した。大手繊維商社のほか、総合商社などを得意先として織物の製造販売、仕入れ販売を手がけ81年10月期には年売上高約778億3000万円を計上していた。

しかし近年は、海外製品の台頭や各メーカーの生産拠点の海外シフトなどから業況の低迷が続いたほか、グループ企業の整理などから余裕のない資金繰りとなっていた。主力行の指導を仰ぎながら財務面の健全化を進めてきたが、2008年9月に銀行借り入れが代位弁済措置を受けるなど厳しい資金繰りが表面化。同年12月期の年売上高は約61億300万円にまで落ち込み、大幅な欠損に終わった。

さらに2008年後半からの世界的景気低迷により受注環境が一層悪化した中で、金融機関からの借入が債権回収会社に譲渡されるなど財務状況は悪化を辿り、今後の展望に期待出来ないことや多額の債務返済にも目処が立たないことから事業継続を断念した。

北国繊維工業は、1953年(昭和28年)7月に設立された化学繊維紡績業者。多品種小ロットで付加価値の高い特殊紡績糸の賃加工を手がけ、2008年12月期には年売上高約3億4000万円をあげていた。

テクノウインは、1956年(昭和31年)7月に設立。グループの織物製造部門を担い、2008年12月期には年売上高約5億3200万円をあげていた。

北国合繊は、1963年(昭和38年)12月に設立された旧・北国合繊(株)(その後解散)の根上工場を独立させ84年(昭和59年)9月に設立されたポリエステル原糸の仮撚り加工業者で、2008年12月期には年売上高約6億800万円をあげていた。

負債は岸商事が約47億円、北国繊維工業が約8億9000万円、テクノウインが約8億5000万円、北国合繊が約5億5000万円で、4社合計で約69億9000万円が見込まれる。

GFS株式会社

3月26日に大阪地裁へ民事再生法の適用を申請したU.F.O.(株)(資本金8880万円、東京都中央区京橋1-1-5、代表谷絹子氏、従業員30名)の関連会社GFS(株)(資本金1000万円、大阪市中央区心斎橋筋2-7-18、代表清算人谷誠氏)は、1月7日に債権者である金融機関から大阪地裁へ破産を申し立てられていたが、3月26日に破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は森本宏弁護士(大阪市中央区北浜1-8-16、電話06-6202-1089)。財産状況報告集会期日は6月30日午前10時。

当社は、1990年(平成2年)2月、(株)ファーストトレーディング(2002年3月ユー・エフ・オー(株)に商号変更、同年4月解散)の小売部門として設立。99年5月に(株)ヴァレからアイデア衣料(株)、2008年6月にアイデア衣料(株)から現商号に変更していた。この間、91年7月谷絹子氏が代表取締役社長に就任し、96年4月谷絹子氏に代わり谷誠氏が代表取締役社長に就任していた。97年以降一時期休眠状態にあったが、99年5月に事業を再開し、婦人アパレルの総合企画販売を手掛け、2009年7月期には年売上高88億9100万円を計上していたが、株主総会の決議により2009年7月31日付で解散している。

この間、グループ中核のU.F.O.が、多額の有利子債務の負担から、返済条件変更要請を行いつつ再建計画策定に着手したが、2009年3月末に特定調停を申請(4月に取り下げ)。その後、同年5月以降、複数の金融機関から貸付債権の返還請求権に基づく売掛金や所有不動産に対する仮差押を受けたほか、貸金返還請求訴訟や小切手金請求訴訟を提起され、2009年11月に再び特定調停を申請していたが、これも2010年1月に取下げている。そうした中、2010年1月7日には、U.F.O.や当社が債権者の金融機関から大阪地裁に破産を申し立てられ、審尋が続いていた。

なお、U.F.O.は、3月26日、大阪地裁へ民事再生法の適用を申請している。

負債は、2009年7月期末の解散時点で金融債務約64億6000万円を含め約159億1300万円。

株式会社中島美雄商店

(株)中島美雄商店(資本金1000万円、草津市芦浦町719、登記面=大阪府大阪市西区阿波座1-15-23、代表中島隆太郎氏、従業員25名)と、関係会社の(株)中島(資本金1000万円、草津市矢橋町1631-1、登記面=同所、寺田隆ほか1名、従業員10名)は、3月26日に大阪地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全処分を受けた。

申請代理人は中本和洋弁護士(大阪府大阪市北区西天満5-9-3、電話06-6364-6241)ほか18名。

中島美雄商店は、1916(大正5年)6月創業、58年(昭和33年)9月に法人改組された老舗の米穀卸業者。輸入米を含む米穀卸を手がけるほか、肥料・農薬・農業資材などの販売、および米の品種改良の種子育種事業を行っている。自社が大手化学メーカーと共同で開発したバイオ米「夢ごこち」のほか、「夢いっぱい」など多数の農林省登録品種を保有しており、全国、ならびに海外の契約農家にそれらの種子を販売するほか、契約農家で生産された米を当社で買い取り、農協や小売店関係に卸販売していた。関西、中部のほか岩手県、山形県を主な営業エリアとし、2008年8月期には年売上高約138億6500万円を計上していた。

しかし、近年業容を急拡大させたことにより、粗利率は低下。不良債権も増大したほか、農場への投資資金も回収不能となる事態に陥った。厳しい資金繰りを余儀なくされていたため、今年に入り在庫のダンピング販売を行う一方で、今年2月には滋賀県中小企業再生支援協議会に支援を依頼、再建策を協議してきたが、3月末の資金繰りのメドが立たなくなったことから、今回の措置を取った。

中島は、中島美雄商店の肥料、農薬、農業資材販売部門を分離させる目的で2008年(平成20年)1月に設立された。中島美雄商店から全面的に支援を受け事業を行っていたが、同社が資金繰り難に陥ったことで、当社も連鎖した。

負債は中島美雄商店が債権者約73名に対し約66億9800万円、中島が債権者約62名に対して約4億6000万円で、2社合計では約71億5800万円。

アイ・シー・カード株式会社

アイ・シー・カード(株)(資本金1億5000万円、宮崎市千草町4-17、代表日高彰良氏、従業員37名)は、3月18日に宮崎地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。

申請代理人は江藤利彦弁護士(宮崎市老松1-5-1、電話0985-20-9911)ほか3名。

当社は1978年(昭和53年)2月に設立された信販業者。宮崎県内を営業エリアとし、信販事業のほか、ファイナンス業務なども行い95年6月期には年収入高約10億4200万円をあげていた。

しかし、改正貸金業法の段階的な施行に伴う上限金利の引き下げや総量規制の導入によりファイナンス業務が低調となり2009年6月期の年収入高は約6億300万円にダウン。過払金返還請求の増加から事業環境が悪化し、2007年6月期から3期連続の当期損失計上となっていた。

この間、2009年9月には3営業所を閉鎖し他店に統合、以後は本社のほか3営業所での営業展開となっていたが、業況は好転せず今回の措置となった。

負債は約31億3800万円。