蓼科観光開発株式会社

蓼科観光開発(株)(資本金8500万円、北佐久郡立科町芦田2530-1、代表鷹野三忠氏ほか1名)は、債権者から破産を申し立てられていたが、2月23日に長野地裁佐久支部より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は森泉邦夫弁護士(佐久市岩村田5037-6、電話0267-68-4535)。

当社は、1963年(昭和38年)1月に白樺高原の観光開発を目的に設立。別荘地として名高い立科町、茅野市において分譲地販売を行うほか、別荘、寮などの設計・建設請負、同保守・管理業務も展開していた。92年4月には約100億円を投じて会員制ホテル「蓼科国際ホテル村ユーセブン」をオープン。翌93年7月には「蓼科アミューズメント水族館」、95年7月には「蓼科テディベア美術館」、96年8月には「蓼科世界工芸館」をオープンするなど業容を多角化し、リゾート施設及び観光地の開発を積極的に展開。93年3月期には年収入高約26億6900万円をあげていた。

しかし、利用者の低迷などから2002年には「蓼科国際ホテル村ユーセブン」を閉鎖、アミューズメント施設の利用者・入場者数もレジャーの多様化などを背景に収入は減少し、2009年3月期の年収入高は約3億7000万円にダウン。「蓼科国際ホテル村ユーセブン」建設等に伴う多額の借入金負担が財務を圧迫するなか、施設の売却等を模索するが好転せず、債務超過に陥っていた。

負債は2009年3月期末時点で約111億2200万円。

なお、各運営施設は2月24日をもって事業を停止している。

株式会社共同開発

(株)共同開発(資本金1000万円、新宿区新宿4-1-22、代表朴忠壽氏)は、2009年7月7日に債権者により東京地裁へ破産を申し立てられていたが、2010年2月18日に破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は山下英樹弁護士(港区虎ノ門1-22-16、電話03-3580-6681)。債権届け出期間は3月25日までで、財産状況報告集会期日は5月24日午後3時30分。

当社は、1988年(昭和63年)6月に在日本朝鮮信用組合協会の役職員らの出資を得て設立されたノンバンク。旧:朝銀東京信用組合など各地の旧:朝銀信用組合から資金を調達し、主にパチンコ業者向けに不動産を担保として融資。ピーク時の93年(平成5年)3月期の年収入高は、約41億6600万円を計上していた。その後、バブル経済崩壊のため貸出債権は不良化。99年(平成11年)5月に旧:朝銀東京信用組合が破綻し、同信組を含め5つの朝銀系信用組合がハナ信用組合へ再編。旧:朝銀系信用組合の不良債権は整理回収機構に移管されたため、整理回収機構への返済を進め、近年では回収資金を原資として小口融資を再開し、2009年3月期の年収入高は約1億188万円を計上していた。

しかし、保証債務の履行を巡って一部の旧:朝銀信用組合と係争になり、2007年に旧:朝銀近畿信用組合関連と旧:朝銀関東信用組合関連で敗訴が確定。加えて、当社の関係会社である朝銀総合ファイナンス(株)(資本金1億円、同所、代表清算人=姜萬九氏)が、2006年12月15日開催の株主総会で解散を決議し、2009年6月25日に債権者より破産を申し立てられ、同年9月2日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けていた。

さらに、保証債務の履行を巡って債権者と再び係争状態となり、今回の措置となった。
負債は、2009年3月末時点で約240億4200万円だが、変動する可能性がある。

なお、今後、会社側が即時抗告する可能性もある。

カトキチ高松開発株式会社

カトキチ高松開発(株)(資本金10億円、高松市牟礼町大町2508、代表山本章太郎氏、従業員64名)は、2月23日に東京地裁へ会社更生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。

申請代理人は西村國彦弁護士(東京都千代田区内幸町1-1-7、電話03-5511-4400)ほか6名。保全管理人には進士肇弁護士(東京都港区虎ノ門1-6-12、電話03-3580-8551)が選任されている。

当社は、1972年(昭和47年)1月に設立されたゴルフ場経営業者。75年11月に「屋島カントリークラブ」(香川県牟礼町、18H)をオープン。当初は地元計量機器メーカーのグループ会社としてスタートしたが、当社を含む同グループ企業が95年9月に高松地裁へ商法に基づく会社整理を申請、当社はその後和議へ移行し、97年4月には同地裁より和議認可決定を受けていた。また、和議認可を受けて、(株)加ト吉(現、テーブルマーク(株))のグループ会社が当社の株式を取得、同社のグループ会社となっていた。

志度湾や屋島を望む高台に位置する山岳コースで、眺めの良さに加え、2001年からは日本女子プロゴルフ「カトキチクイーンズゴルフトーナメント」が開催されるようになるなど知名度が高まり、近隣道路の整備が進んだことや高松自動車道の開通によりアクセスが向上し、2001年3月期には年収入高約5億9800万円を計上していた。

しかし、グループの中核企業で、「カトキチクイーンズゴルフトーナメント」の筆頭スポンサーであった(株)加ト吉による循環取引事件が2007年に発覚。この影響を受けて、2008年のツアー日程から同トーナメントが打ち切られていた。また、景気低迷による個人消費の冷え込みも相まって会員数も約4200名(2003年)から約2600名に減少、その結果、来場者数も減少し、2009年3月期の年収入高は約4億2200万円に落ち込んでいた。

こうしたなか、会員の預託金は償還期限を定めず、随時請求に基づき償還を実施。今年2月末には約180名の会員(預託金合計約2億円)からの償還請求に応じる予定であったが、その償還原資を確保できないうえ、借入金の返済にもメドが立たず、今回の措置となった。

負債は2009年3月期末時点で債権者約2670名に対し約72億2500万円(うち預託金約32億円)。

株式会社キンカ堂

(株)キンカ堂(資本金22億824万402円、豊島区南池袋3-10-9、登記面=東京都豊島区南池袋3-11-8、代表野萩康氏)は、2月22日に東京地裁へ自己破産を申請し、同日破産手続き開始決定を受けた。

申請代理人は河合弘之弁護士(千代田区内幸町1-1-7、電話03-5511-4400)ほか。破産管財人は加茂善仁弁護士(中央区八重洲 2-8-7、電話03-3275-3035)。

当社は、1945年(昭和20年)6月に中古衣料品類販売業者として創業、51年(昭和26年)8月に法人改組したスーパーストア経営会社。衣料、生地などファッション関連のほか、雑貨、食品販売も手がける総合スーパー『キンカ堂』を埼玉・栃木など北関東一円を中心に展開、92年2月期には年売上高約732億円をあげていた。

しかしその後は、国内外の大手量販店・スーパーの台頭や同業者間での競争激化から売り上げは低迷。2002年からは手芸専門店『バイハンズ』を中心とした出店を進めてきたが好転せず、2008年2月以降はそれまで全体の約2割を占めていた食品小売事業から撤退するとともに、2008年から2009年にかけて6店舗(キンカ堂:4店、バイハンズ:2店)を閉鎖。近時はキンカ堂8店舗、バイハンズ12店舗での展開を行っていたが、売り上げ減少に歯止めがかからず、2009年2月期の年売上高は約149億円に落ち込み、2010年2月期は2010年1月20日現在で売上高約 109億円にとどまっていた。

負債は債権者約1549名に対し約45億7000万円。

なお、2月24日午後6時より弁護士会館講堂「クレオ」(千代田区)にて債権者説明会が開催される予定。