株式会社ヨウジヤマモト

(株)ヨウジヤマモト(資本金9000万円、品川区東品川2-2-43、代表大塚昌平氏、従業員466名)は、10月9日に東京地裁へ民事再生法の適用を申請し、同日保全命令を受けた。

申請代理人は南賢一弁護士(港区赤坂1-12-32、連絡先:再生推進室03-5463-1511)ほか10名。監督委員には高松薫弁護士(千代田区霞が関3-2-5、電話03-3595-7070)が選任されている。

当社は、1979年(昭和54年)1月に先鋭的なデザインで世界的なデザイナーとして知られる山本耀司氏が72年4月に設立した(株)ワイズの紳士服部門が分離した形で(株)ワイズフォーメン・ヤマモトの商号で設立。コム・デ・ギャルソン、イッセイミヤケなどと80年代にDCブランドブームを形成。その後、97年3月にグループ会社の再編が行われ、当社が関係会社を吸収合併すると同時に現商号に変更していた。

「ブランド商品事業」として、製造を外注する形態で、婦人服を主体に、紳士服、子供服など高級志向の衣料品の企画、卸、小売りのほか、ヨウジヤマモトのライセンス事業や他社ブランドの商品企画を行う「ライセンス・コラボレーション事業」、また著名人からの特注や北野武監督の映画「BROTHER」「Dolls」「座頭市」の衣装監修なども展開。「Y’s」「Y’s for men」「FEMME」「HOMME」「+NOIR」などのブランドを有し、国内直営店22店舗、百貨店インショップ33店舗のほか、フランスをはじめ、イギリス、ベルギー、イタリア、アメリカ、香港など現地法人を有し、海外展開も積極的に行い、2004年8月期には年売上高約119億1400万円をあげていた。

しかし、消費低迷の影響から2008年8月期には年売上高約95億8000万円に減少。この間、生産コストの低減や経費削減を進めるなど経営改善に努めたものの、昨年秋以降の世界的な経済不況や円高による景気後退の影響から過剰債務による財務内容の悪化と販売不振に歯止めがかからず実質債務超過の状況となるなど資金繰りが悪化、また取引先や金融機関からの支援も限界に達し、今回の措置となった。

負債は約60億円(2009年8月末現在)。

なお、インテグラル(株)(東京都千代田区)からスポンサーとしての諸々の支援について意向表明があり、本日付で同社との間でスポンサー契約を行っている。

琴平参宮電鉄株式会社

琴平参宮電鉄(株)(資本金2億円、丸亀市蓬莱町56-3、代表清算人浅羽喜二郎氏)は、9月30日に高松地裁丸亀支部より特別清算開始決定を受けた。

申請代理人は籠池信宏弁護士(丸亀市塩飽町7-2、電話0877-23-2620)ほか2名。

当社は、1911年(明治44年)9月に設立された一般乗合貸切旅客自動車運送及び不動産賃貸業者。「琴参バス」の通称名で知名度は高く、高速バスや香川県内の中部地域をカバーする乗合バス、観光客を中心とした貸切バス事業を展開。また、香川県丸亀市内にテナントビルと商業施設を所有し、それぞれ大手遊技場経営業者と大手スーパーストア経営業者から安定した賃貸収入を得て、2009年3月期には年収入高約16億2800万円を計上していた。

しかし、乗合バスについては自動車保有台数の増加から利用客は年々減少したため、路線を縮小させるなどして対応を行ったが厳しい状況が続き、貸切バスにおいても観光客の減少や規制緩和による競争激化から収益性に乏しい状態が続いていた。このため、路線の見直しを順次進め、香川県の丸亀市や坂出市とコミュニティーバスの契約を行い、また貸切バスについても、高速バスを中心に路線を拡大させ、車両運行効率の改善を図っていたが、過去の不動産投資による金利負担が大きく、経常段階で赤字を計上するという悪循環に陥っていた。

こうしたなか、賃貸収入を得ていた大手スーパーストア経営業者が2008年10月末をもって撤退、今年4月以降の賃貸収入が減少することで返済不能となり、企業の存続が難しくなったため、整理回収機構の主導のもと、バス事業を別途設立した琴参バス(株)(香川県丸亀市)に今年3月31日付で分割譲渡するとともに同社の株式を売却するなどの事業再構築を実施していた。その後、6月には大手スーパーストアが入居していた不動産を売却したことで資産譲渡の見通しがついたため、9月18日開催の株主総会の決議により当社は解散していた。

負債は約49億円。

株式会社治山社

石川県内大手の地場ゼネコン(株)治山社(資本金1億5555万円、金沢市泉3-1-12、代表藤島勝宏氏、従業員57名)は、10月15日付で事業を停止し、事後処理を西井繁弁護士(金沢市尾張町1-2-1、電話076-263-7765)ほか1名に事後処理を一任、自己破産申請の準備に入った。

当社は、治山関係工事を目的に1954年(昭和29年)9月に設立した一般土木建築工事業者。元衆議院議員の故・奥田敬和氏が過去代表を務め、同氏の実弟も73年4月から2007年1月まで代表取締役社長を務めていた。バブル全盛期には東京、大阪などの大都市圏で営業を展開。その後は2003年12月期まで毎期100億円を超える年売上高を計上、この間、官公庁施設など大型物件の完成工事が重なった2001年12月期には年売上高約134億6200万円を計上していた。

しかし、元代表に対する貸付金をはじめとした多額の長短貸付金のほか、関東地方近辺での不良資産、建設仮勘定などで資金が固定化。加えて、工期の長い大型案件の受注により借り入れ依存型の経営が続き、また、近時ではグループ企業への資金流出や取引先の倒産などで不良債権が発生していた。さらに2003年12月期以降、不良債権処理などから収益は低迷。2006年6月には、国土交通大臣の建設業許可から石川県知事の建設業許可へ変更、地元中心の営業活動に縮小していた。役員報酬や従業員給与の抑制など経費削減に注力するとともに、2007年2月には私的整理ガイドラインに準じる形で、主力行より一部債務免除を受けたほか、代表変更や旧株式の全額償却、取引先出資による増資、新設分割会社を設立するなど経営再建計画を実施した。

その後も経営計画に沿った業績をあげられず、不良資産処理などもあって大幅な欠損を計上、2008年12月期の年売上高は約46億4400万円にとどまり、3期連続の欠損計上となった。今期は年売上高76億円、経常黒字を目標としてスタートを切ったが、急速な景気減速による建築受注の落ち込みから売り上げを確保できず、赤字が見込まれる中で資金繰りはひっ迫、今回の事態となった。

負債は約69億3000万円が見込まれる。

古都開発株式会社

古都開発(株)(資本金5000万円、奥州市衣川区中山87-5、登記面=東京都千代田区永田町2-10-2、代表桐山清志氏) は、8月13日付けで事後処理を熊谷信太郎・堀越充子両弁護士(千代田区永田町2-11-1、電話03-3597-0013)に一任、自己破産申請の準備に入っていたことが、このほど判明した。

当社は、1988年(昭和63年)6月にゴルフ場経営を目的として設立。95年6月に「みちのく古都カントリークラブ」(18ホール、総工費約80億円)をオープン、99年4月期には年収入高約4億7000万円を計上していた。

しかし、2001年10月に親会社(株)岐阜稲口ゴルフ倶楽部(岐阜県関市)が、バブル崩壊以降の長引く景気低迷とゴルフ人口減少による業績不振から民事再生法の適用を申請。これにより信用力低下に伴う来場者数の減少や料金引き下げを余儀なくされたうえ、2002年3月に大口債権者である大手生命保険会社が債権約30億円を民間サービサーに売却し、翌4月には同社から海外ファンドに同債権が売却されたほか、ゴルフ会員権の償還が困難な事態に陥るなど厳しい経営状況が続き、2008年4月期は年収入高約2億3000万円にまで落ち込んでいた。こうしたなか、2008年に入り運営委託契約を締結した県外のゴルフ場経営業者が同年8月に競売で土地建物を落札し営業継続を決めたことにより、今回の事態となった。

負債は債権者約900名に対し約95億5000万円の見込み。