株式会社古河アルフレックス

(株)古河アルフレックス(資本金 3億5200万円、川崎市川崎区南町1-1、代表清算人井手圭輔氏)、3月5日に横浜地裁川崎支部へ特別清算を申請、3月27日に特別清算開始決定を受けた。

申請代理人は山崎健弁護士(東京都千代田区内神田1-8-1 三井ビル5階、センチュリー法律事務所、電話03-5280-5033)。

当社は、1934年(昭和9年)9月創業、50年(昭和25年)2月に法人改組、2004年10月古河鋳造(株)から現商号に変更、古河グループの名門鋳造メーカーとして知られていた。

トラック関連を中心とする自動車、電気機器、産業機械、車両、船舶用等のダイカスト、金型、建材ほか特殊床板など自社開発製品も製造、2001年3月期は年売上高約112億3300万円をあげていた。

しかし、トラック業界からの受注不振などで、2006年3月期は年売上高約110億1100万円にとどまっていた。工場移転による操業低下や材料高騰で最終損益は約28億3400万円の赤字に転落、債務超過に陥っていた。当初は自力再建を模索したが財務内容が悪化していたため、金融機関と債権放棄を含めた再建策を検討、投資ファンドの下での再建を決め、投資ファンドに事業を譲渡、当社は2007年3月31日開催の株主総会で解散を決議していた。

負債は約30億1400万円。

タカスギホーム株式会社

タカスギホーム(株)(資本金1000万円、大阪府吹田市江坂町1-23-38、代表福岡満雄氏、従業員97名)は、4月7日に大阪地裁へ自己破産を申請した。

申請代理人は桑原豊弁護士(大阪府大阪市中央区北浜2-2-21、電話06-6227-1951)。

当社は、2004年(平成16年)10月に設立された。住宅建築・販売を手がけていた高杉開発(株)(2005年5月にムツミハウス(株)へ商号を変更、同年6月に破産手続き開始決定)の建築工事部門を分離し、93年(平成5年)6月に設立された高杉住宅(株)(現在、休眠中)の大阪エリアの営業部門を独立し、設立した経緯がある。

分譲住宅・注文住宅の建築販売事業を手がけ、本店・大阪支店を中心に、兵庫県、京都府、滋賀県、三重県、福岡県、佐賀県に支店・営業所を開設し、業容を拡大。2007年3月期には約250戸(大阪・兵庫エリア約150戸、福岡エリア約60戸、滋賀エリア約40戸)を販売し、年売上高約57億3500万円を計上していた。

しかし、グループ会社の債務の一部を承継していたことによる負担に加え、近時の受注不振で販売用不動産が余剰在庫となり、資金繰りを圧迫。金融機関からの資金調達も困難となり、ノンバンクからの借り入れで繰り回していたが、過大な金利負担が重荷となっていた。

負債は約73億5000万円。

大有開発株式会社

2007年11月に債権者より破産を申し立てられていた大有開発(株)(資本金1600万円、長野県駒ヶ根市中沢9035、登記面=大阪府大阪市西区靱本町1-5-18、代表濱崎幸造氏)は、4月3日に大阪地裁より保全管理命令を受けた。

保全管理人は吉田大地弁護士(大阪府大阪市北区西天満1-10-8、電話06-6365-6038)。

当社は、1967年(昭和42年)6月に設立されたゴルフ場経営業者。76年7月には駒ヶ根市内に「信州駒ヶ根カントリークラブ」(18ホール)をオープン。以来、同ゴルフ場の運営と並行してレストラン、スポーツジム、宿泊施設なども展開。個人、法人を合わせた会員数は約4000名にのぼり、地元のほか中京方面の利用客を獲得し、2001年3月期には年収入高約3億3800万円を計上していた。

しかし、近年の業績は利用客数の低迷などから2004年3月期の年収入高は約2億円、翌2005年3月期の年収入高は約1億8000万円に落ち込んでいた。預託金請求に対しては分割による支払いを実施する一方、宿泊パックを設けるなどして利用客の拡大を図ったが、プレー単価の下落、預託金の償還が始まったことなどで資金繰りはタイトになっていた。さらに、当社名義のクラブハウスが差し押さえを受ける事態となり、2007年には冬季休業期間が終わっても会社側と連絡が取りづらい状況となっていた。

こうしたなか、昨年11月に債権者より大阪地裁へ破産を申し立てられ、財務内容などを把握するため今回の保全管理命令となった。

負債の詳細は判明していないが、預託金を中心に約50億円が見込まれる。

なお、ゴルフ場自体は2007年春に会員の協力のもとで元従業員が立ち上げた新会社、(株)アルプスグリーン(駒ヶ根市)によって再開されており、今シーズンも既にオープンしている。

株式会社シティ商事

(株)シティ商事(資本金4億8000万円、岩手県盛岡市中ノ橋通1-9-22、代表清算人高橋聖一氏)は、3月21日に盛岡地裁より特別清算開始決定を受けた。

当社は、1972年(昭和47年)4月に設立。国際興業(株)(東京都中央区)の子会社として、ボウリング場経営を目的に設立されたが、75年に大手スーパーの(株)ダイエー(東京都江東区)とFC契約を結びスーパー経営に業種転換。94年に店舗を新築し「ダイエーシティ青山」としてリニューアルオープンし、2002年3月期には年売上高約64億5100万円を計上していた。

2003年には、(株)ダイエーとのFC契約を商品供給のみに変更していたが、2006年には商品供給契約も終了。以降は「シティ青山」として再スタートしたものの、2002年3月期以降の売り上げは年々減少し、連続して赤字計上を余儀なくされていた。

2007年3月期も年売上高は約25億9400万円にとどまり、当期損失11億400万円を計上。2007年1月末で直営店を全て閉鎖し、以降はテナント40社内外からの賃貸収入のみとなっていたが、12月には店舗を含む所有不動産を売却。今年2月15日開催の株主総会で解散を決議していた。

負債は約90億円。