那珂川観光株式会社

那珂川観光(株)(資本金2000万円、中央区新川2-6-12、前代表清水マサ子氏)は、3月3日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は伊藤圭一弁護士(千代田区神田錦町2-5-1、電話03-5259-9350)。なお、現代表には申請代理人の笹原直和弁護士(渋谷区西原3-32-6、電話03-6903-4133)が便宜的に就任している。

当社は、1987年(昭和62年)10月に設立されたホテル運営業者。栃木県芳賀郡茂木町の温泉付リゾートホテル「ホテルグリーンヒル」、およびヘルスセンターの「茂木健康温泉」の運営を行い、グループ会社の(株)那珂川ゴルフ倶楽部(2005年6月民事再生法)が運営するゴルフ場に隣接する立地条件の良さもあって、グループとして一定の集客を得ていた。

しかし、バブル期に創業者から両社の株式を譲渡された前々代表のもと、経営状態は徐々に悪化。赤字経営が続き、那珂川ゴルフ倶楽部からの資金支援に全面的に依存する体質となっていた。那珂川ゴルフ倶楽部の民事再生申請後、2006年8月には前々代表が債権者から破産を申し立てられ、笹原直和弁護士が前々代表の破産管財人に就任。破産手続きを進める過程で当社の那珂川ゴルフ倶楽部に対する簿外債務約70億円の存在が明らかとなり、今回の措置となった。

負債は約77億円。

株式会社木の城たいせつ

(株)木の城たいせつ(資本金2億2000万円、夕張郡栗山町旭台1-15、代表山口昭氏ほか1名)は、3月5日付で事業を停止し、事後処理を諏訪裕滋弁護士(札幌市中央区南1条西10、電話011-281-5636)に一任した。

今後、自己破産を申請する意向。

当社は、1950年(昭和25年)創業、91年(平成3年)10月に法人改組した北海道の大手ハウスメーカー。創業後、施工部門、営業部門、資産管理部門などの分社化、統合を繰り返し、一時は15社内外の企業でグループを形成。その後、グループ合理化を実施し、近時は当社のほか、施工部門(2社)、部材製造部門(1社)、保険代理部門(1社)の5社体制をとっていた。

無落雪・高断熱・高耐久を特徴とする注文住宅「木の城たいせつ」の設計・施工のほか、リフォーム工事なども手がけ、2002年5月期には年売上高約195億8300万円を計上。しかしその後は、個人消費の低迷による販売戸数の伸び悩みなどから、2007年5月期の年売上高は約94億6600万円にまで減少していた。

今期に入ってからは改正建築基準法による着工遅れの影響もあり、業況は回復せず資金繰りが悪化。支払遅延が発生し、一部取引先から資材供給を打ち切られる事態となっていた。今年2月には取締役会長であった山口昭氏が代表取締役に復帰し、社外から新たに3名を役員として迎え入れるなど経営改善に注力し、資金調達を模索していたが見通しが立たなくなり、事業継続を断念した。

負債は2007年5月期末時点で約68億円。

旭染織株式会社

旭染織㈱(資本金1200万円、西条市楠甲846-1、登記面本店=今治市上徳乙185、代表八木勝秋氏、従業員100名)は、3月5日に松山地裁今治支部へ民事再生法の適用を申請した。

申請代理人は田中庸介弁護士(今治市南大門町1-6-4、電話089-832-8688)。

監督委員は近藤貞明弁護士(今治市常磐町4-4-7常磐ビル3階、電話0898-34-6515)が選任されている。

当社は、1959年(昭和34年)12月に設立された各種タオル製造業者。82年には約4億円の資金を投下し工場の買収を皮切りに、90年1月には工場を増設したほか、91年4月には中国での生産拠点としての位置付けから大連市に「大連旭染織有限公司」を設立するなど、積極的に事業を展開し、ピーク時の97年9月期には約88億5000万円の年売上高を計上していた。

しかし、その後は安価な国外製品の国内市場への流入が加速したうえに、98年1月には約3億4000万円もの不良債権が発生したほか、2006年6月にも約1億8000万円もの大口の不良債権が相次いで発生するなど、厳しい経営環境を余儀なくされていた。

さらに、上記貸倒処理に加え、在庫評価損等によって2006年9月期に約4億5000万円、続く2007年9月期においても約2億2400万円もの大幅な当期純損失が発生したほか、近時の原油高騰を始めとする原材料の高騰も影響したことで、先行きの見通しが立たなくなったため、法的手続きにより再建を図る事となった。

負債は約42億円が見込まれる。

なお、債権者説明会を3月11日午後3時より(財)今治地域地場産業振興センターにおいて開催予定。

株式会社カルス

(株)カルス(資本金2500万円、港区元赤坂1-4-21、代表繁原洋二氏)は、3月5日に事後処理を駒場豊弁護士(港区赤坂1-9-15、電話03-3583-3065)に一任した。今後は自己破産を申請する予定。

当社は、1996年(平成8年)1月に設立。パチンコ機、パチスロ機、ゲームセンター用遊技機、家庭用テレビゲーム機器の液晶画像などのシステム開発・販売を主体に、それに付帯するグラフィックボード、制御基盤、LEDなどの電子部品の販売も手がけていた。パチンコメーカーからの受注が堅調に推移し、2007年7月期には年売上高約35億7000万円を計上していた。

しかし、液晶画像システムの開発期間の長期化により、運転資金の借り入れ負担が重かったほか、回収と支払いのサイトのバランスが悪く資金繰りが苦しくなっていた。また、今期に入ってからは、パチンコ業界の不振を背景に同業界からの受注が低調に推移し、決済難に陥ったことから今回の措置となった。

負債は2007年7月期末時点で約30億5200万円。