北上流通サービス株式会社

北上流通サービス(株)(資本金2億5040万円、北上市流通センター9-10、代表武田信夫氏、従業員11名)は、このほど決済難に陥り、事業を停止していたことが判明した。

当社は1988年(昭和63年)9月に北上市ほか地元企業の共同出資により北上流通センターの用地分譲を主たる目的として設立。設立当初から長年にわたり北上流通センターの用地分譲に取り組みながらもバブル経済崩壊とその後の長引く景気低迷から思うように販売が進まないことから、分譲用地の一部を有効活用すべく、北上流通センター内に89年3月に飲食店「藤沢食堂」と飲食料品と雑貨の売店を開設。

94年4月にはガソリンスタンド「北上流通基地共同給油所」を、さらに97年12月には日帰り温泉施設「藤沢湯の里館」を開設するなど積極的に事業の多角化が進められ、ピークと見られる2002年3月期には年売上高約4億6100万円を計上していた。

しかし、無理な値引き販売や分譲用地取得資金である多額の金融債務による支払利息負担などで、赤字体質が慢性化していた。94年に第三セクター岩手開発の要請に応じ、撤退した誘致工場の跡地約9万7500平方メートルを取得した際に金融機関から19億7000万円もの資金を借り入れ、さらに98年には19億円を金融機関から導入し再開発用地8万2500平方メートルを取得しており、これら一連の不動産購入は、もともと在庫不動産が重荷となっていた当社にとって財務内容を一段と悪化させる大きな要因となった。

2000年から借入金の返済ほか固定資産税や入湯税の支払いが遅延するようになり、2007年1月に北上市から、3月には金融機関から所有不動産の差押を受けるまでに至り、3月末には営業活動を停止させていた。

負債は約33億円の見込み。

日本電熱計器株式会社

日本電熱計器(株)(資本金4000万円、大田区下丸子2-27-1、代表近藤忠彦氏、従業員129名)は、決済難から事後処理を相澤建志弁護士(中央区銀座7-2-22、電話03-3574-0880)に一任した。

当社は、1957年(昭和32年)1月に設立された電熱器製造業者。自動ハンダ付機器を主体に、各種工業用ヒーター、サーモスタットなど熱制御関連機器の製造販売を手がけていた。国内大手メーカーへの直販、代理店販売のほか、米国、台湾、シンガポールなど海外向け販売にも注力し、85年12月期には年売上高約66億1800万円を計上していた。

しかし同業他社との競合激化、主力先からの受注低迷から業績はジリ貧となっていたうえ、近年は選別受注を進めたことから、2006年12月期の年売上高は約36億4600万円に減少。値引き要請、原材料価格の上昇に加え、不動産取得などに伴う金融債務などが重荷となっていた。このため、人員削減などの固定費圧縮、回収サイトの短縮で立て直しに努めていたが、資金調達が困難となって決済難に陥り、6月下旬より臨時休業に入っていた。

負債は、2006年12月期末時点で約41億5700万円。

四国土建株式会社

四国土建(株)(資本金6250万円、高知市桟橋通2-12-4、代表近澤精一氏、従業員54名)は、7月5日に事業を停止し、事後処理を大川惺曠弁護士(高知市升形2-15、大川法律事務所、電話088-824-1659)に一任、自己破産申請の準備に入った。

当社は、1947年(昭和22年)1月創業、業容の拡大に伴い53年(昭和28年)5月に法人改組した総合建設業者。海洋土木工事を主体に、陸上土木工事、建築工事などを手がけ、特に港湾工事での実績をもとに事業を拡大し、2000年6月期には約86億円の年売上高を計上していた。

しかし、主力事業である公共事業の削減の煽りから売り上げ縮小を余儀なくされ、従業員削減などで建て直しを図ったが、自由競争入札による影響もあって2006年6月期の年売上高は約23億2400万円にまで落ち込むなど厳しい状況が続いていた。

借り入れが年商規模に至るなど多大な有利子負債を抱えるなか、遊休不動産や本店の土地・建物の売却を図っていたが買い手は見つからず、また資材や原油の高騰、金利上昇などもあって支え切れず、7月5日の手形決済が困難となっていた。民事再生法や経営支援企業との資本提携による再建も視野に入れていたが、メドが立たず今回の措置となった。

負債は現時点では約40億円の見込み。

有限会社イタヤ住宅

(有)イタヤ住宅(資本金500万円、守口市馬場町3-14-6、代表板谷清子氏、従業員10名)は、決済難に陥り7月3日までに事業を停止した。

当社は、1982年(昭和57年)4月創業、87年(昭和62年)4月に法人改組。マンションやアパートなどの建築工事や戸建て住宅の住宅増改築工事を中心に、一部ワンルームマンションの賃貸や建売住宅販売に伴う仲介業務も手がけていた。一般施主からの元請受注100%で、大阪市内北東部や守口市・門真市など地元に密着した営業展開で、95年3月期には年売上高約18億6300万円を計上していた。

しかし、バブル期には20件を超えるマンションなどの収益物件を取得するなどの不動産投資により多額の金融債務を抱え、財務面は債務超過の状態が続いていた。また、建築工事についても同業他社との競争激化から受注は低迷し、2006年3月期は年売上高約4億9100万円にまでダウン。収益面でも不動産売却損などにより2期連続で多額の欠損を計上したなか、5月に前代表が死去したことで事業継続が困難となり、今回の事態となった。

負債は推定30億円。