富士ランド株式会社

富士ランド(株)(資本金3105万円、中央区日本橋兜町20-5、代表清算人横地利博弁護士)は11月27日の株主総会で解散を決議していたが、12月4日に東京地裁へ特別清算を申請した。

申請代理人は下村文彦弁護士(新宿区左門町13-1、電話03-3358-0151)。

当社は、1967年(昭和42年)5月にゴルフ場、ホテルの経営を目的として設立された。「御殿場ゴルフ倶楽部」(静岡県御殿場市、18ホール)、「ベルビュー長尾ゴルフ倶楽部」(静岡県御殿場市、18ホール)の2コースを所有、それぞれの運営は従前、関係会社が行っていたが、98年頃より運営の1本化を図り関係会社の(株)リゾートマネジメントに委託していた。両ゴルフ場は隣接しており、ともに東名御殿場インターチェンジから近く立地に恵まれ、98年3月期には年収入高約4億8000万円を計上していたが、2002年3月期には約2億8000万円まで落ち込み、毎期赤字決算となっていた。

預託金の返還も延期するなど苦しい状況が続いていたうえ、金融機関からの借入金が外資系ファンドに譲渡されるなど、余裕の無い運営を余儀なくされていた。このため、プレー権を確保すべくスポンサーを探していたが、今般、(株)フェニックスインベストメントアドバイザーズが(株)リゾートマネジメントへ資金支援をしたうえで、ゴルフ場の営業権および不動産を(株)リゾートマネジメントへ譲渡することになり、当社については特別清算による処理となった。

負債は流動的だが推定で120億円が見込まれる。

株式会社エル・プロパティ

(株)エル・プロパティ(資本金1億円、渋谷区千駄ヶ谷4-24-13、代表清算人田村佳弘弁護士)は、10月31日開催の株主総会において解散を決議し、東京地裁へ特別清算を申請、11月20日に同地裁より特別清算開始決定を受けていたことが判明した。

当社は、1992年(平成4年)8月に(株)大京ほかグループ企業より出資を受けて設立。同グループの所有する不動産の管理、賃貸を手がけるほか、近年はグループ会社より物件を買い取るなどして業容を拡大していた。

2003年3月期には年収入高約30億4000万円を計上していたが、物件取得などにともなう多額の借入金が経営を圧迫していた。

こうしたなか、グループ中核の大京が2004年9月に産業再生機構による支援を受けるにあたり、同社グループが不動産賃貸事業から撤退する方針となり、当社は資産などの処理などを進め、メドがついたことから今回の措置となった。

負債は約200億円。

株式会社ジャイロ

(株)ジャイロ(資本金1800万円、浜松市有玉南町687-2、代表伊藤榮一氏ほか1名、従業員59名)は、12月1日に東京地裁より破産手続き開始決定を受けた。
破産管財人は笹浪恒弘弁護士(東京都千代田区丸の内2-4-1、電話03-3214-3009)。

当社は、1969年(昭和44年)10月創業、72年(昭和47年)3月に法人改組された輸送用機械部品製造業者。自動車および二輪車の各種鋲螺、特殊ねじ、バネ類、ゴム製品、その他工業部品など約5500点を扱い、自社で開発・設計したのち約300社にのぼる外注先に生産を委託して完成部品は大手自動車メーカーなどの下請部品メーカーに直納、近年のピークであった2003年2月期には年売上高約44億円を計上していた。

しかし、製造の大半を外注に依存していたため収益性は低く、毎期の当期利益が数百万円にとどまるなか、近年はメーカーのコストダウンに連動して業況も低下、2006年同期の年売上高は前期比でこそ微増ながら約37億7600万円に落ち込んでいた。

この間、2004年同期には売上減と不良債権の償却によって約1億5300万円の当期損失を計上、過去の蓄積をはき出して債務超過に陥るなど財務内容が急速に悪化していた。このため、金融機関からの借入と支払手形主体の決済で資金繰りを保持してきたが、資金調達余力は限界に達し、今後の決済にメドが立たなくなったことから事業継続を断念した。

負債は約30億円。

ヨコタサイクル株式会社

ヨコタサイクル(株)(資本金4億8691万円、堺市堺区戎之町西1-1-6、代表横田昇氏、従業員64名)は、12月1日に大阪地裁へ自己破産を申請し、同月4日に同地裁より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は小松陽一郎弁護士(大阪市北区中之島2-2-2ニチメンビル8階、電話06-6221-3355)ほか。

当社は、1932年(昭和7年)6月創業、76年(昭和51年)3月に法人改組。「ヨコタ」ブランドで全国的に知られる老舗自転車アッセンブリメーカーで、主要部品であるフレームを自社製造したうえで、各部品を仕入れて組み立てる製造業務を中心に、一部輸入完成自転車の販売も手がけていた。自社製品は普及品から高級自転車までの幅広いラインナップで、最近の売上げ比率では軽快車約65%、子供用自転車その他約35%となっており、全国規模の量販店や小売店筋を得意先に、ピーク時の92年11月期には年売上高約120億4000万円を計上していた。

自転車の製造台数は年間80万台に及ぶなど、堺市の地場産業である自転車メーカーの中ではトップクラスの規模を誇り、全国の国内シェア約10%を占めるほどの有名企業であった。
しかし、最近では国内消費の低迷に加えて、中国や東南アジアなどからの格安輸入自転車の国内流入で、売上げは昨今ジリ貧傾向にあり、2005年11月期の年売上高は約67億8200万円にまでダウン。このため、人員の削減、国内生産の福島塙工場(福島県東白川郡)への集約などのリストラ実施のほか、輸入自転車の扱い増加で収益力のアップを図るなど経営の立て直しを進めていたが、その後も業況は好転せず、今回の措置となった。

負債は約36億円。