株式会社東京ベイサイドリゾート

(株)東京ベイサイドリゾート(資本金1億円、君津市川俣旧川俣346-2、森田賢社長、従業員55人)は、8月4日に東京地裁へ民事再生法を申請し、同日、保全命令を受けた。

申請代理人は植松泰子弁護士(東京都港区虎ノ門1-13-3、電話03-3580-0123)ほか2名。監督委員は福田大助弁護士(東京都港区虎ノ門4-3-1、電話03-5405-4080)。

当社は、1989年(平成元年)8月に県内の大手建設業者であった(株)内野屋工務店(千葉市中央区)が主体となり、ゴルフ場経営を目的として設立された。その後、君津市内の亀山湖南側に会員制のゴルフ場を開発、96年11月に「亀山湖カントリークラブ」(18ホール)をオープンしていた。

98年6月には(株)内野屋工務店が破産宣告(負債781億円)を受ける事態となったものの、その後も金融機関からの支援を受け、営業を継続していた。2001年12月期には年収入高約5億6400万円を計上していたが、以降は同業者間の競合激化などから、業績は伸び悩み、またゴルフ場開発にともなう多額の借入金返済や預託金の償還が重荷となっていた。

このため、会員のプレー権確保を前提に預託金の償還問題の解決策を模索した結果、今回の措置となった。

負債は約187億円(うち預託金は約85億円)。

医療法人加樟会

(医)加樟会<かしょうかい>(資産の総額7176万4000円、枚方市楠葉花園町4-1、登記面=枚方市楠葉並木2-12-1、理事長加藤啓明氏、従業員165人)は、7月31日に大阪地裁へ民事再生法を申請し、同日保全命令を受けた。

申請代理人は川口冨男弁護士(大阪市北区西天満2-10-2、電話06-6365-8111)ほか。監督委員には村辻義信弁護士(大阪市北区堂島1-1-5、電話06-6343-3343)が選任されている。

当法人は、1995年(平成7年)6月に設立。枚方地区で各種医療施設を展開する「加藤総合病院グループ」に属し、98年4月に介護老人保健施設「加樟苑」(入所定員150名)を開設。同施設は「加樟クリニック牧野」「グループホームくすのき」「居宅介護支援事業所」「楠葉訪問看護ステーション」「訪問介護事業所」を併設しており、2002年6月期には年収入高約9億6000万円を計上していた。

しかし、2005年9月にグループの加藤総合病院が大阪府から施設外診療や施設の目的外使用などを指摘され、翌10月には大阪社会保険事務局が立ち入り検査を実施、今年6月には同病院医院長の保険医の登録取消処分を受けていた。また、この間の2005年11月の同病院の新築移転に伴い新たに保険医療機関指定の申請をしていたが、最終的には認められない可能性が出てきたことから今年に入りこれを取り下げたため、11月以降の診療報酬を請求できない事態に陥っていた。

このため、加樟会が同病院への援助を余儀なくされ借入金が増加していたうえ、グループ会社が同病院のために負担した多額の借入金の保証債務も引き受けたことから資金繰りはひっ迫、今年6月末には支払い遅延が発生しており、支え切れなかった。

申請時の負債は約43億円(保証債務は約28億8400万円)。

なお、8月1日開催の債権者説明会によると、加藤総合病院についてはスポンサー選定の方向で検討中。

株式会社エイアンドエイ

(株)エイアンドエイ(資本金1000万円、藤枝市立花1-2-50、代表青木政次氏、従業員30人)は、7月31日に静岡地裁へ自己破産を申請した。

申請代理人は伊藤彰彦弁護士(静岡市葵区西草深町10-25、電話054-205-1432)。

当社は、1970年(昭和45年)創業、73年(昭和48年)3月に法人改組。当初はアクセサリー小物や装身具の小売りを主業として4店舗にまで拡大したが、85年頃から雑貨全般の卸に転換、小売店舗は93年までに全て閉鎖していた。近年は、生活雑貨・インテリア雑貨・衣料品・スポーツ関連用品・化粧品・造花など多岐にわたる商品を扱い、東京や大阪にも営業拠点を開設。全国展開の大手ストアや百貨店、ホームセンターなどの量販店を主な販路に事業を拡大、ピーク時の2005年2月期には年売上高約93億5900万円をあげていた。

この間、自社での直輸入が困難で、扱い品の大半を輸入品が占め、商品の調達を首都圏の代理業者に依存していたが、一方でオリジナル商品製造のため、国内での協力工場の確保や自社工場の開設など内製化を進めていた。

業況の急激な拡大に伴い、代理業者へ先払いすることで商品調達を強化していたが、近時は手形の振り出しが支払い能力を超える状況に陥っていたうえ、ここにきて商品調達を依存していた業者の行き詰まりが表面化。資金繰りは急速に悪化、善後策を協議したものの、資金手当が困難となり、事業継続を断念した。

負債は約47億9700万円。

新和土木海運株式会社

新和土木海運(株)(資本金3200万円、福岡市博多区店屋町3-19-401、代表田中節三氏)は、福岡地裁へ民事再生法を申請していたが、7月14日に同地裁より監督命令を受け、同月28日には再生手続き開始決定を受けた。

申請代理人は三浦邦俊弁護士(福岡市中央区赤坂1-15-33、092-737-5885)。監督委員には林優弁護士(福岡市中央区大名2-2-26、電話092-712-6543)が選任されている。

当社は、1979年(昭和54年)1月にしゅんせつ・港湾土木工事を目的に創業、82年(昭和57年)6月に法人改組。関西国際空港など大型工事の増加に伴い、海砂の採取販売および運搬に主業を転換、ピーク時には全国の5%のシェアを確保し、92年4月期の年売上高は約113億円を計上していた。

しかし、業績の拡大に伴い91年には1万トン級の砂採取用ボックスバージ船の建造に約24億円を投下するなど、相次ぐ設備投資で借入金が急増するなか、バブル崩壊による市況の悪化が経営を圧迫。メーンバンク主導のもと設備売却や人員整理など事業を縮小し再建に取り組んでいたが、96年同期の年売上高は約45億円に落ち込み、97年6月に福岡地裁へ和議開始を申請していた(申請時の負債約153億円)。

翌98年4月には同地裁より和議認可を受け、再建策として船舶4隻に縮小するほか人員削減などのリストラ策を実施。2001年4月には宮本政彦氏に代わって瀧田耕造氏が代表に就任、翌2002年1月には現在地へ移転していた。

その後、船舶を売却するほか債権者に業務を委託する形で事業をさらに縮小し、近年は実質的な営業を行っていなかった。

こうしたなか、2005年12月に元代表の宮本政彦氏から会社更生法を申し立てられ、今年2月に保全命令を受けていたが、その後6月に現代表が就任。新たな経営陣のもとで再建を目指すとして、同月30日には保全命令の取り消しを受け、民事再生法を申請していた。

負債は約127億円の見込み。