松栄産業株式会社

松栄産業(株)(資本金1000万円、さいたま市見沼区片柳844-2、代表蓮沼寿孝氏ほか1名、従業員42人)は、4月25日に事業を停止し、事後処理を須田唯雄弁護士(東京都中央区銀座2-8-15、電話03-3567-1008)に一任、自己破産申請の準備に入った。

当社は、1986年(昭和61年)12月にプラスチック、ステンレスを用いた電機機械部品の組立加工を目的に設立。近年はプラスチック製の美容器具や化粧品容器関係の製造販売を中心に手がけ、特に美容器具についてはOEM製品や自社設計品など豊富に取り扱い、商品開発力は相応の評価を得ていた。都内の化粧品卸業者や大手百貨店などを対象に営業を展開するほか、埼玉県や群馬県内で工場や倉庫を設置。近時は関係会社と連携して化粧品類の充填製造にも進出したほか、エステサロンも開設するなど業容を拡大し、年売上高は2000年7月期の約16億円から2004年同期は約42億8100万円と急伸していた。

翌2005年同期は化粧品関係の販売が好調で年売上高約69億6000万円をあげたものの、業績伸展に伴い資金需要が旺盛となっていたうえ、過去の拠点開設に伴う不動産購入など設備投資で膨らんだ借入金が収益を圧迫、資金繰りは多忙となっていた。このため、今年2月にはエステサロンの運営を他社へ移管するなど立て直しを図っていたが、3月に取引先の(株)インターフェース(東京都新宿区、美顔器具ほか製造)が民事再生法を申請。これに前後するかたちで当社の複数の取引先も連鎖的に行き詰まり多額の焦げ付きが発生するなか、決済資金の調達も限界となり、今回の措置となった。

負債は債権者約90名に対して約35億円であるが、さらに膨らむ見込み。

株式会社大淵建設

(株)大淵建設(資本金3億6300万円、沼田市横塚町1088-1、代表大淵芳嗣氏、従業員44人)は、5月8日までに事業を停止し、事後処理を南栄一弁護士(東京都千代田区平河町2-4-13、電話03-3263-1511)に一任した。

当社は、1956年(昭和31年)創業、64年(昭和39年)2月に法人改組した土木・建築工事業者。長年の業歴から、沼田市を中心とした県北部において営業基盤を確立していたほか、前橋市やさいたま市、東京都内にも支店を設置、特に東京地区での工事は全体の16%前後を占めていた。近時は建築・土木工事94%、砕石3%、不動産3%の比率で、マンション・ホテル・工場・病院などの中規模案件を中心に手がけ、2000年10月期の年売上高は約44億5900万円を計上していた。

建築部門では、大手住宅メーカーの代理店として年間約20棟完工の実績を確保していたものの、近時は公共事業や地元周辺建設案件の縮小から受注は減少傾向をたどり、2005年同期の年売上高は約23億3500万円にまでダウン。この間、年商規模に匹敵する金融債務を抱えていたが債務圧縮のメドが立たず、ここ数年は仕入先との支払調整などでしのいでいた。抜本的な経営改善策が講じられないなか、資金調達も限界に達し、事業継続を断念した。

負債は流動的であるが約35億円(うち金融債務約25億円)。

なお、5月12日午前10時よりサンピア高崎(高崎市)において債権者説明会を開催する予定。

富加開発株式会社

富加開発(株)(資本金5000万円、加茂郡富加町大平賀950、代表羽賀正和氏、従業員57人)は、5月2日に名古屋地裁へ民事再生法を申請した。

申請代理人は矢島潤一郎弁護士(岐阜市鷹見町13、問い合わせ専用電話052-953-6865)。

当社は、1987年(昭和62年)11月に設立されたゴルフ場経営業者。93年に「富加カントリー倶楽部」(同所、18ホール)をオープンし、同ゴルフ場は女子プロゴルファーの森口祐子氏らの設計監修のコースとして話題を集め、95年10月期には年収入高約6億6000万円をあげていた。

しかし、長引く不況や競合激化による来場者数の減少に加え、客単価の下落などから、2005年10月期の年収入高は約3億4400万円にまでダウン。借り入れ金利負担などから赤字経営が続き、債務超過状態に陥っていた。

こうしたなか、預託金償還問題も重なり、自主再建を断念した。

負債は預託金約100億円を含め約160億円。

黒石鉄工株式会社

黒石鉄工(株)(資本金2000万円、広島県安芸郡海田町南明神町2-20、清算人中尾正士氏)は、3月31日の株主総会で解散を決議していたが、5月8日に広島地裁へ特別清算を申請した。

当社は、1951年(昭和26年)2月に創業、76年(昭和51年)10月に黒石エンジニアリング(株)として法人改組した自動車部品メーカー。もともと大手自動車メーカーの協力企業として各種ペダル(アクセル、ブレーキ、クラッチなど)やステアリング製造を手がけていた旧・黒石鉄工(株)の関連会社として設立された経緯があり、合成樹脂やポンプの組立販売を行っていたが、同社が過大な金融債務を抱えて経営不振に陥ったことで、2001年に当社が旧・黒石鉄工を吸収合併し、商号を黒石鉄工(株)へ変更。その後は従業員削減などによる経費の圧縮ほか、ステアリング事業及び物置製造部門からの撤退、工場売却など事業の合理化を進め、2003年3月期には年売上高約99億円をあげていた。

こうしたなか、今年1月には当社の事業を(株)オートテクニカ(広島県安芸郡、各種自動車ペダル製造等)へ営業譲渡することを骨子とした再編計画を発表し、2月に実施。当社は不動産の売却を含めた清算業務を進めていた。

負債は約74億円。