株式会社シェンペクス

(株)シェンペクス(資本金4億4250万円、前橋市公田町590、代表横山充洋氏、従業員32人)は、3月29日に前橋地裁へ民事再生法を申請した。

申請代理人は矢田健一弁護士(前橋市大手町3-11-6、電話027-234-8711)ほか2名。

当社は、1976年(昭和51年)創業、79年(昭和54年)7月に法人改組。健康機器製造でスタートし、近年は血液中のナトリウム、カルシウムのイオン化量を増大させる事により体液を弱アルカリ性に保ち、肩こりの改善などを図る医療器具「電界医療機器」を主力に手がけていた。同製品は10万円~40万円台の価格帯が中心で、そのほか「電界医療機器通電椅子」や「高気圧メディカルトレーナー」などの企画商品も販売していた。扱い比率は、国内向け電界医療機器64%、海外向け同機器26%、高気圧酸素機器ほか10%で、大手健康機器メーカーへの納入が好調だった2004年2月期には年売上高約32億700万円を計上していた。

しかし、その後はアジアを中心とした海外向け販売が縮小したうえ、国内においても各種健康機器との競合で受注は先細り、2005年同期は年売上高約25億2900万円にダウン。加えて、軌道に乗らなかった関係会社への投資分を特損処理したことにより、同期末で約9億5500万円の大幅な欠損計上を余儀なくされていた。翌2006年同期には、トレーニングサポート機器「高気圧メディカルトレーナー」や代理店経由での小型商品の販売に注力したものの、売り上げ減少に歯止めがかからず、また開発担当従業員の退職で新商品開発を凍結するなど、動揺が続いていた。

負債は集計中のため流動的であるが約31億円の見込み。

第一運輸株式会社

第一運輸(株)(資本金1億500万円、鹿児島市西別府町3010-37、代表永野剛志氏、従業員265人)は、3月30日に事業を停止し、事後処理を中原海雄弁護士(鹿児島市山下町12-5、電話099-223-3230)に相談中で、自己破産申請の方向で検討している。

当社は、1963年(昭和38年)3月に設立した一般貨物自動車運送業者。当初は、乳製品の運送を専門としていたが、事業拡大のため関東以西にも基盤を築き、ピーク時の97年3月期には年収入高約54億8900万円を計上していた。

しかし、この間事業拡大に伴い借り入れが増加していたうえ、93年と94年のグループ会社の倒産により発生した保証債務の処理から2001年同期は約26億1600万円の経常損失を計上し、大幅な赤字決算を余儀なくされていた。その後も、競合激化で2006年同期の年収入高は約46億1000万円に落ち込み、採算も悪化。また、燃料費の高騰や不良債権の発生、過年の債務負担などにより資金繰りはひっ迫していた。このため、人件費の抑制などで合理化を図り体質改善に取り組んでいたが、主力得意先との取引面も不安定となったことから支え切れず、今回の措置となった。

負債は2005年3月末時点で約40億円の見込み。

ミサワキャピタル株式会社

ミサワホームホールディングス(株)の連結子会社、ミサワキャピタル(株)(資本金4億9000万円、新宿区西新宿2-4-1、清算人渡邊英城弁護士)は、東京地裁へ特別清算を申請し、3月22日に同地裁より開始決定を受けていたことが判明した。

当社は、ミサワホーム(株)(東京都新宿区)の100%出資により、1999年(平成11年)10月に設立された。ミサワホームの関連会社だったミサワバン(株)(元・東証2部上場、東京都新宿区、2002年1月にミサワホーム(株)に吸収合併)から、不動産担保融資債権532億6100万円分のうち、ミサワホームの支援で不良債権分を償却した後の正常債権分を158億2300万円で営業譲渡を受けて債権回収・管理を中心に手がけていた。しかし、不動産市況の低迷などから回収業務は遅れぎみとなっていた。

2004年12月には、ミサワホームホールディングスなどグループ31社が産業再生機構による支援決定を受け、以降は、コア事業への経営資源の集中とノンコア事業の撤退をすすめていた。グループ内でノンコア事業の位置づけにあった当社も清算処理をすすめ、貸付債権の処分等会社清算に向けた処理にメドがついたことで、2006年2月23日付けで取締役会の決議により解散していた。

負債は債権者ミサワホーム(株)など2社に対し、約251億円。

東洋リアルエステート株式会社

東洋リアルエステート(株)(資本金2億4000万円、港区南青山5-10-6、藤野堯久社長)は、3月17日に東京地裁へ自己破産を申請していたが、3月29日に同地裁より破産手続き開始決定を受けた。

破産管財人は南賢一弁護士(港区赤坂1-12-32、電話03-5562-8760)。

当社は、1978年(昭和53年)12月に設立された不動産売買業者。「オリエントコート」の名称で高級分譲マンションを手がけ、87年12月期には年売上高約82億5500万円をあげていた。

しかし、バブル崩壊後は高値で購入した不動産の売却を行い、分譲マンション事業から撤退。その後も地価の値下りから、借入金の返済が思うように進まなくなっていた。このため、99年3月に本社ビルを売却したほか、2000年までにその他すべての社有不動産を売却し、以後は事業を休止。借入金は整理回収機構に移管されていた。

なお、関係会社で不動産分譲・仲介・賃貸を手がけていた東洋プロパティー(株)(同所)および不動産賃貸業の東洋リアルサービス(株)(同所)も同時に破産手続き開始決定を受けている。

負債は東洋リアルエステート(株)が約202億9800万円、東洋プロパティー(株)が約18億7500万円、東洋リアルサービス(株)が約8億7000万円で、3社合計で約230億4300万円。