株式会社ニュースト

(株)ニュースト(資本金8600万円、長野市川中島町四ツ屋1216、代表力芳明氏、従業員99人)は、4月19日に東京地裁へ民事再生法を申請し、同日保全命令を受けた。

申請代理人は大野渉弁護士(東京都千代田区丸の内3-4-2、電話03-3214-3811)ほか2名。

当社は、1968年(昭和43年)4月に自動ドア・サッシの販売施工を目的に設立。各種パネルやサッシの加工販売、同工事のほか、空調工事も手がけるなど積極的に事業を展開し、ピーク時の91年2月期には年売上高約110億4800万円を計上していた。90年代後半から、特にアルミ材と天然木を組み合わせた自社製品「アルタスウッド」シリーズの製作、卸、販売、施工に注力し、相応の知名度を有していた。

しかし、近年は公共工事の削減や民間設備投資の減退などによる建設不況の影響から、2005年同期の年売上高は約52億9400万円まで落ち込んでいた。加えて、バブル期における社宅などの設備投資負担や、新製品開発投資にともなう借り入れ負担が資金繰りを圧迫し、今回の措置となった。

負債は約36億200万円。

株式会社原田貞良商店

(株)原田貞良商店(資本金6000万円、福岡市東区東浜1-13-35、登記面=福岡市博多区下呉服町2-15、代表原田宣宏氏ほか1名、従業員153人)は、4月17日に福岡地裁へ民事再生法を申請、同日保全命令を受けた。

申請代理人は敷地隆光弁護士(福岡市博多区博多駅前3-9-5、電話092-471-7063)。

当社は、1937年(昭和12年)6月創業、53年(昭和28年)3月に法人改組した老舗の日用雑貨の卸業者。家庭用日用雑貨、荒物、金物などを扱い、本店のほか九州一円に営業拠点を8ヵ所展開、地元のスーパーストアやホームセンターなどを得意先に、2000年2月期は約102億円の年売上高を計上していた。

しかし、2000年7月に(株)オサダ(佐賀県武雄市、民事再生法、ディスカウントストア経営)に約1億1800万円の焦げ付きが発生。その後も、得意先の地元スーパーの破たんが相次いだうえ、大手スーパー進出の影響もあって、2005年同期の売上高は約78億円にまで落ち込むなど、減収に歯止めがかからなくなっていた。

負債は約30億円の見込み。

株式会社アドテックス

大証ヘラクレス上場の(株)アドテックス(資本金22億7776万1399円、港区港南2-18-1、代表前田大作氏、従業員67人)は、4月13日に東京地裁へ民事再生法を申請した。

申請代理人は稲見友之弁護士(千代田区平河町1-6-15、電話03-3261-1411)ほか。監督委員は奥田洋一弁護士(千代田区丸の内1-6-5、電話03-5223-7777)。

当社は、1993年(平成5年)7月に日本アイ・ビー・エム(株)の生産技術部門が独立する形で設立。当初は、同社の下請けとしてHDDの検査業務を手がけていたが、95年頃よりストレージ(外部記憶装置)事業に本格参入。その他、システム構築などのソリューション事業も手がけ、2001年12月には大証ナスダックジャパン市場(現・ヘラクレス)に株式上場を果たし、2003年12月期には年売上高約131億7800万円を計上していた。

しかし、2004年同期の年売上高は約118億8600万円まで減少、貸倒引当金繰入、有価証券評価損、固定資産除却損などから約7億6600万円の当期損失を計上していた。同期よりゴーイングコンサーンが付記され、財務の改善が課題となっていた。

こうしたなか、2005年10月に予定されていた約49億円の第三者割当増資が白紙撤回を余儀なくされる事態となったうえ、約50億円の売り上げを見込んでいたジャパンワイヤレス(株)向けの事業において同社大株主である平成電電(株)が倒産したことなどから計画が頓挫、2005年同期の業績予想の下方修正を強いられていた。さらに資金調達難から、同年12月に予定していた50億円規模の社債の繰り上げ償還ができなかった。

今年1月には新たな資金調達のスキームが合意に達し、14億5000万円を調達。しかし、3月16日に予定されていた2回目の資金調達が出来ず一気に信用不安が拡大。この間、決算発表の延期が度重なったうえ、4月には資金調達に関わる契約が解除となるなど、資金繰りはさらにひっ迫、今回の措置となった。

なお、今年に入って上場企業の倒産は初めてとなる。

負債は2006年2月末時点で約149億5100万円。

奈良佐川急便株式会社

奈良佐川急便(株)(資本金2500万円 奈良市西九条町2-5-10、代表清算人平井慶一氏)は、3月6日に奈良地裁へ自己破産を申請し、同月9日に同地裁より破産手続き開始決定を受けると同時に廃止決定を受けていたことが判明した。

当社は、1993年(平成5年)2月に設立された一般貨物自動車運送業者。もともと76年(昭和51年)に佐川急便グループが奈良県へ進出した際に受託していた地元の貨物運送業者より営業権を譲り受けてスタートし、県下の有力企業などを得意先に、コンスタントに受注を確保し、ピーク時の97年3月期には年収入高約60億6800万円を計上していた。

しかし、採算面では苦戦を強いられ、資金繰りを佐川急便(株)(京都市)からの借り入れでしのいでいたなか、2001年3月に奈良県警の一部警察官との間の贈収賄事件がマスコミで報じられ、対外信用が大きく失墜。このため、佐川急便(株)が直営の営業所を設置し、当社は清算することとなり、2001年9月開催の臨時株主総会で解散を決議していた。

債権者が佐川急便をはじめとする数社と限定的であったことから、特別清算による清算手続きを検討していたが、弁済に関する調整が難航し、裁判所との協議の結果、破産手続きによる処理となった。

負債は約30億円の見込み。